【散文気分】 - 2020/5/21 Thu -

読み進めるにつけ サチのことを、その容姿や性格といった印象を、その本の小説家が過去に描写してきた女性像へと、いつしか照らし合わせていた。 初めにレイコさんが浮かび上がり、サチの英会話が堪能であることからなのか、やがて ある画廊を営む女性のことが浮かび上がって来ていた。 彼女らはいずれも、一見してさっぱりとした性質に感じられていたが、初めからそうであったとは限らないのだろう。

その話にも確かに記憶はあったが 初読した当時の印象とは、 …もはや そんな印象すらも曖昧なのだったが、随分と違うもののように感じられていた。 少なくとも あまり谷川の心を揺らすような類の話としては、残っていなかったようなのだ。

サチが息子の亡骸を火葬にして本国へと連れて帰り、そして毎年の数週間ほどを息子の死んだビーチを眺めながら過ごす習慣となっていた頃、ある二人連れの日本人サーファーを車で拾い上げたタイミングで谷川の娘が現れた。

1時10分だったから彼の娘にしては上出来だと、谷川は感心しているらしい。 駅から彼のいる店までを 彼の送ったメールを唯一の頼りに ゆっくりと歩いて5分… といったところだろうか。 確かに上出来なようだった。

谷川は読んでいた文庫本にしおりを挟んでからカウンターへ置いた。
『早いな』と、嬉しさを押し殺しつつ無表情をつとめながら娘にそう言った。 そしてすぐに、いつものように会話し始めていた。 もちろん、谷川が娘を待つ間に読んでいた文庫本のことを話題にもした。 彼の娘も その作家の本は大抵読んでいたが、その短編集は読んでいないのだと即答した。 谷川はそんな内容には触れず、本のコンセプトについてだけを簡単に話して聞かせた。 そしてもっと過去にも、他の出版社から出されている似たような短編集があることも教えていた。

谷川は娘を待つ間、一人で先に6個入りを『ソース、マヨネーズなしで青海苔だけ散らして』ビールとともにやっつけていた。 娘にメニュー表を勧めると、谷川の【案の定】といった選択がなされたので、彼は楽しそうに笑った。 そんな二つのメニュー・アイテムの共通点は『ネギ』だったので、谷川の助言から『オリーブ塩』に決めていた。 メニュー名からだけでは、【オリーブ塩は上に青ネギがてんこ盛り】であることの判別がつかなかったので(※当たり前であろう)、そんな助け船を仕向けられた上での 娘の選択だったようだ。 そして定番の『ソース』をそれぞれ6個ずつ注文した。 『ソース』の方は出される時に必ず大将が尋ねるのだ。 『マヨネーズはかけますか?』 それは店頭売りの客に対しても同じなのだった。

注文の焼き上がりを待つ間に谷川の娘はかなり迷ってから『生レモンサワー』を選んでいた。 そして谷川はホッピーで迎え撃ちした。 そんな風に二人で酒を酌み交わし始めるようになってからもう10年が経とうとしている。 そんな初期の頃には彼の娘なりに失敗もしていたが、谷川にとっては何も問題などのないスマートな別れ際となるよりも、むしろウェルカムな出来事だった。 彼は娘と彼女の暮らす街の最寄り駅まで添い遂げてから、既に戻りの終電は終わっていたので駅前で適当に過ごし、そして始発電車で職場へと向かっていた。 それが10年前の夏のことだった。

『はい、お待ちどう。 マヨネーズは かけますか?』

 《続く…》

17.May.2020 藤沢市・亀井野地区   小田急江ノ島線・六会日大前第四踏切付近にて

第五踏切付近には【撮り鉄】さん方がよく現れているようです。 私はコッチの方が好みなんすがね。
たぶん、みなさん逆光を嫌うのかなと。 さすが鉄ですな。 ふむふむ…

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