【散文気分】 - 2018/4/29 Sun -

おはようございます。

小学生の高学年時分・・・多分、5年生だったのかと思いますが。
日本全国の県庁所在地なんぞを、学ぶと言うよりも 『そのくらいは知っておくように』 といった感じに、のど元へ突きつけられていたと思います。 もしや記憶違い、はたまた見解の相違だったのでしょうか。 残念ながら そのまんま今に至ります。

県名と県庁所在地名が同じなのが、北から青森市、秋田市、山形市・・・ 回りくどいことはヤメましょうね。 とにかくそちらの方が多勢なのです。 はい。

では。 栃木県の県庁所在地は?   ・・・もちろん宇都宮市なのですが、本気で思案中な皆様方にはゴメンナサイ。 時間の都合と言うものがあります。 えぇ、それもウソです。 でも方便ですから。 古典音楽で例えるならば Beet も hoven ですょ。 出来れば Beat であって欲しかったトコなのですが、まぁ名前なので仕方ありませんね。 容認します。

で。
かつては栃木県も 【県名と県庁所在地名が同じ】 仲間であったのをご存知でしょうか。
別にそのようなことを言いたくて朝っぱらから散文気分してるワケではあるまいに、早ょ先を続けよ。 そうお嘆きの貴兄には、辛口のハウスねりカラシを進呈させて戴きます。 どうぞ遠慮なく。 1年分ですぞ。 ・・・カラシならば10年分でも安いものだなと感じてしまうのは、何かが世間とズレているのでしょうか。 まあいいや。

実はかつての栃木県とは、今の栃木県とは異なります。
ブームと呼んで差し支えないほどに市町村合併が珍しくないご時勢です。 んが。
どうやら県合併というのが(よく知りませんが)あったらしいのです。
栃木県と宇都宮県が合併し、その県庁所在地となったのが宇都宮市なのですね。

さて、そろそろ本題にまいりましょう。
18年前に亡くなった母の郷里は栃木県栃木市です。 今ではすっかりと観光都市の様相が色濃くなっているようですが、かつては(そんな語りぐさばかりでスミマセン)商工中心に農業が取り巻く豊かな街でした。(と聞きますし、おぼろげながらも記憶しています。)

栃木駅に東武線の快速列車なんかが到着すると、構内アナウンスは こんな感じでした。

『とちぎぃぃぃ・・・、とちぎぃぃぃ。
 両毛線 乗り換え、とちぎです。 お忘れ物、落し物 ごさいませんよう ご注意ください。
 2番線から快速・浅草行きが発射しま(ドゥーンっ!!) ・・・あらま。(プチッ!』

しかし現在では。 特急スペーシアにそのポジションを譲渡されちょ〜、よぉですゎ。

その一方。 駅前なんぞは…さよう。 さしずめゴーストタウンの様相を呈し、なにしろ戌の刻(夜7時)程度の頃合んナルト、もはや真っ暗なモンでしてね、えぇ。 あ〜そうそう。 提灯でも ぶら下げてなけりゃあ、とても とても満足に出歩けやぁ しませんから。 コレ、ホント。
(※あくまでも当社比です。 ホント、ゴメンナサイ。 心から謝ります。 陳謝しますだ。ヘイ。
 …鼻ホジホジ。)

え〜、要するに。(コホン、) そのくらい賑やかなりし日々が、かつてゎ あったとですバィ。

あ、そうそう。 関東バスの待合所ビルにはマクドナルド(その前はドムドムバーガー)があり、ベンチには普通にバス待ちの人たちがあふれていました。 すぐ隣にはタクシー会社があり、駅前ロータリーのタクシー乗り場で行列待ちなんぞしたくはない お大臣様は、そこでハイヤーをチャーターするといった仕組みもありました。(※我が家は常習犯)

バス利用ならば大通りを行きますが、タクシーは左の方へ進路をとり、今はもう無いイトーヨーカドー(※超々酒好きな叔父貴(母の)が警備員してました)のカドを左折します。

【※ 註・例えば。 盆暮正月なんかの宴席とかでは 長っ尻なだけでしてネ。酒、弱いクセに。
 でも、子供らや (心に?)ゆとり(?)を求める者どもからは、慕われておりましただな。ヘィ。
 … チューザブロー・オジサン。
 風の吹くまま、気の向くまま。 金なんか無くても気にするなぁ… みたいな。 それを口に出さないヒト。
 オジサン。   オレ (…やっぱ ワタシ)、 いま(なのかな?)、 アナタに とっても 逢いたいです。
 いつ死んじゃったのか、すらも知らされてなくて、 ホント、スミマセン。   あ。 笑ってる。 …ってか、 寝てる?(汗 】

・・・あ。 母の実家(ワタシの祖父母&叔母夫婦宅)へ向かう時の説明だったのでした。
歩くと40分くらいは掛かります。 でも一人で出向く時には大抵歩きました。 が、しかし。

5歳当時の妹の手を引きながら二人で歩いた時には、その血筋の関係各位から非難を浴びました。 着いたとたん、妹がフミコネーチャン(叔母)に泣きながら抱き付いていったから・・・ なのですが、一体何か?  (※でも、妹は全く記憶にナイそーな。メデタシ…と。
しかし40年たった今でも、法事などで集まると親戚中の語りぐさですゎ。 けっ。)

そしてタクシーならば運転手さんへ行き先をこう伝えます。
『お願いします、国学院・二杉寮入口の少し手前まで』
 ※【註・寮は寮でも短大の女子寮ですぜぇ、ダンナ。】

ちなみにバスならば『二杉神社』です。
今でこそバス停に降りた目の前には確かに二杉神社がありますが、以前までは国学院の二杉幼稚舎 (※ばあちゃんがパートしてました。 夕方遊びに《迎えに》行くと、教室の折り紙とかを勝手にくれたりして、子供心にもハラハラしてましたとさ。 ・・・少しクチやかましいけど、二人だけの時には妙〜に優しい、ばあちゃんでした。) が立ちはだかっていて『どこ、どこ、どこぉ〜? 二杉神社ドコでありますかぁ〜?(汗』ってな様相でした。

もう無くなっていると思いますがバス停の前には茶店のような商店があり、神社前を唄いつつも河川の橋梁手前なので土手っぷち。 永野川といいます。 下流域で思川(鬼怒川)に合流し、やがて利根川となる定めの川です。 要するに利根川水系なのだと、ひと言で済まさぬ辺りが文筆稼業の妙でしょうか。 まあいいです。

このドブ川で普通に泳いでたそうな。 母は。 もちろん子供の頃のお話です。 …母が。

えぇ、知ってますとも。 以前までは生き物たっぷりのキレイな川でしたから。 ワタシが
 『川いってくるっ!』 と言い残して出掛けると。 帰宅後なんて 樽とか瓶とかザルとか、もぅ器と名の付くモノどもは全て、川の生き物たちの ショート・ステイ先へと 変貌を砥げておりましたのでして。えぇ。    ・・・あ、ミズカマキリ めっけ。
(※ ミズカマキリは めったに《まず?》 川に おりゃあしませぬ。 川だけぢゃナイんすょ、漁場は。 テヘっ♪)

では、先へ参りましょう。
え? 誰が二杉神社で降りると言いましたか。 それはワタシの思い出語りです。 いわゆる余談なのですから。 今回の目的地を見失って戴いては困りますねぇ。 困窮してしまいますよ。 さあさあ、切り替えを図りましょう。 よろしいですね? では。



永野川を渡ると次第に山登りの様相が色濃くなって来ます。
面倒なので端折りますが、国学院栃木高校なんて越えちゃって もぅどんどん登ると・・・ と言いますか、今まさに登っているのが太平山です。 標高は各位スマフォで検索なさって下さい。 栃木県栃木市の太平山です。 ついででこの山に由来する観光名所などもお調べなされると、なおよろしいのかと存じます。 ・・・ふぅ。

以上、ナビゲータ役はさっさと出掛けたい散文気分こと・・・  ふぇ〜っくしょいっ!(ジュル
・・・でした。 またお会いしましょう、ごきげんよう。








※ ↑ 本文の本筋は、たったの 5行ぽっち。 しかも付け焼刃気味(ドコロぢゃない)。
 大変に好ましい事例でもあるのかなと、かように踏まえておる次第ですだ。

 『だ』 とは、何だ!   ・・・などと怒らないで下さい。 だはだですから。
 それ以外の何者でもありませぬ。 何も足さない、何も引かない。
 ・・・勝手に足し込んだうえに 混乱まで招いといて 何なのですが。 そう、方便ですょ。 よくあるアレです。






29.Nov.2017 藤沢市・秋葉台公園(文化体育館)の外周にて。

自分の旅や散歩ならば かかないで済む汗をかくのが案内役なのですね。 認識不足でした。

P.S.

ツマラン画像で。 アジサイの紅葉が始まろうとしていた、ただそれだけですょ、コレ。
いかに退屈していたのかが伺い知れる一枚ですか。 そう訊かれましてもねぇ。 困ったモンだ。

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