【散文気分】 - 2017/8/12 Sat -

こんにちは。
涼しい気候がアリガタぃ今日この頃です。


さすらうなどとでも言えば、多少は格好も着くのでしょうか。 どうなのでしょう。

さまようのは嫌です。 何だか先が見えない物事の痛々しい面ばかりが、あたかも強調されているようでもあり。 出来ればさまよいたくなどありませぬ。

しかし灯台の明かりを頼りに行く手を目指し続けられるのならば。 まだ救いを感じられるのかもしれません。 もちろん私事に例えて申しております。 なにしろ羅針盤が壊れてしまっているのですから、航海などとり止めてさっさと着岸してしまえば良いのかもしれません。 けれどもそうしない、そう出来ないのは。 一体何なのでしょう。 前回もそんな風にして”王の居ない王国”に例えて取り上げてみたのも、高々こうした取り組みの段階であるとか、経過でしかありません。

そのような境遇にはありますが。 このような私にとっては あたかも”灯台の明かり”のような存在が、行きがかり上あったりもします。 あくまでも行きがかり上なのが この上なく辛く、そしてやるせないところなのです。 その話はまた別の機会に。 とりあえず今回は先送りにしておきます。


子供の頃から。 多分、鼻タレ小僧と呼ばれても差し支えないような頃から。 何の因果か『灯台の明かりを”守る”』という命題を持ち合わせた、文学や音楽に触れ合う機会があり、それなりに心に刻まれて今日に至ります。

既に羅針盤は壊れている身ではありますが、そうした灯台の存在に対しては かような思い入れがあるのもまた事実なのかとも。 あくまでも自己分析しています。 なので。 そんな風に航海していると、例えば『惚れた女の子供を抱っこしたい』気持ちにだって なれるんですよ、所長さん。 くれぐれも”例えばの話”に収めておいて下さい。 そう希望します。






9.Aug.2017 藤沢市 西俣野地区の森の際にて
最後の数行をやんわりとした調子で読み流して欲しいのですが。 さてどう読まれることなのでしょう。 ワタシには”読み手”の自由を剥奪する権利もチカラもありませぬ。 そもそも所長ってドコの誰よ?って話ですが、それは『自分語りを書き連ねてゆく上でのフィクション』としか言いようがありません。  …”マダム”とかも同様ですし(笑

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画像は”なんちゃらアゲハ”のサナギ変態まで、もはや準備万端星人です。
不明確な上に解りヅライ説明が痛々しい。 そんな散文気分めです。
そろそろ諦めて下さい。

幼少の頃に住まう借家の庭で花橘にコヤツらを見つけて観察していたのを思い出しまする。 でもいつの間にか、サナギになるでもなく、居なくなっちまう。 野鳥にでも喰われてたんでしょうか。

こーゆーの苦手な方々にはナンマンダブですが。 どこか新幹線のカラーリング・デザインとかを髣髴させる面もあるように感じます。 個人的には鮮やかな黄緑色だと気に入って撮っておる次第でして。

翌日には変態作業もしっかりと終わりサナギそのものの姿だったのでぃすが。
なんだか小キタナぃ色合いになっててガッカリし、撮影してません。
もしや寄生蜂の餌食にでもなっちゃってたのかな。  …定められし運命か。

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P.S. 私の言う灯台とは一体誰なのか。
直接そう尋ねて下されば『しれっと』答えますょ。 なので点数は差し上げられません。
(ホントは3万クローネほど仕度していたのですが。 今回は自重しておきます。ハイ。)
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