【散文気分】 - 2016/8/15 Mon -


こちらで適当なことなどを記述し始めてから8年になります。 とは言え、その間の約半分くらいの期間は『・・・・・』だったりもします。 ほんのご参考までに、Calendar の方で見て戴ければ大変に判りやすい実態であるかと存じます。

さて。 みなさまは日記を付けていらっしゃいますでしょうか。
ワタクシは付けておりませんし、付けた試しもありませんし、あったのだとしても こうして忘れちゃってる程度のものです。 己の”黒歴史”見たさに発掘できれば面白いのでしょうが。

後出SNS群の台頭で一時に比べてかなり沈静化しているようにも感じておりますが。 いわゆる”ブログ日記”なるカテゴリー(?)が、ネット上にはまだまだ ごさまんとあります。 今さらワタクシなどに取り上げられるまでもなく、その認知度とはもはや確固としたモノでしょうし、そうした繁栄(?)へと繋がったカラクリも、ある程度までは認識できているつもりです。 でも。

日記を付けるのって、極めて個人的な作業だと思うのです。
少なくとも他者へ軽々しく見せたり出来得るモノなんかじゃないハズで。 そうでなければ。
それは日記としては不完全であったり、歪んでいる可能性すらありましょうか。

その理由説明に際しても、あえて ”○○のヒミツ日記”などを掲げ、前提として持ち出す必要も無いのかなと思います。

もしも日記が行動記録を残すに徹しただけのモノであったならば。
そんなタイクツなモノをあとで振り返るのは、マゾかゲイです。 近頃ではそうした例えはとてもよろしくないですね。 約15年ほど前には某・国営放送の電波に乗って普通に飛び交っておりましたが。 以後 気をつけます。 ただし今回を改めるかどうかは今後の検討課題としておきます。 ちなみに。故・惣一郎さんのそれは、一見すると夕食の献立日記でした。

でも。 ちゃんと違いました。   
(※ でも。 『やはりカレーは中辛がよい』 …のだそうです。)

日記をオススメするつもりなどは毛頭ありません。 ただ。 日記のチカラというか、効果のような物事を、もしもあまり知らないままにされている のであれば。 試すコトで知り得るだけの価値などはありましょうか。 でも。 病み付きになっても知りませんし、頑張ってください。

最後に蛇足ながらも。
日記って付けているウチに変化しますから。 もちろん、初心に帰ったりとかも。 どうやら己の意識からは独立した、変幻自在性が備わっているようです。

ところで。 付けたコトも無いクセに知った風な物言いを、このワタクシめが出来るのは。
病み付きになる一歩手前で生還したからです。 チカラとか効果のような物事を感じつつ。










14.Aug.2016  藤沢市・秋葉台文化体育館、プール入口にて。




やや肌寒かったす。 プール。 水に浸かってた方がまだマシな具合に。 室内プールも混雑気味でした。 ”ハマの嵐” 軍団は全員、水泳帽を忘れ売店で購入してました。 下の甥っ子なんかは、自分のパンツ被ってりゃワカランとも思ったのですが。 ハッキリそう口に出して言ってもみたのでぃすが。 既にプライドが邪魔してるみたいでして、頑なまでに拒まれました。 『ヤダっ!』

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解説のコーナー

あくまでも個人都合なモノの見方ではあります。 チカラとか効果などと言いましても。

日記ではないのですが。 ワタクシは自身の生活リズムであるとか、もっと広義で言うならば己を取り巻く(属する)社会的な規範の中に 存在するうえでのリズム(の、ようなモノ)について、並びに人との関わりあい方についての記録を日々付け続けております。  since Feb.2015

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その中には”※特記事項”なる項目も設定してます。補足・付け足し程度に設けました。 が。

ココ(散文気分)の更新頻度に見られる波のようなモノ同様に、単なる”※特記事項”であったハズがあたかも赤裸々な長文・日記であるかのような様相を呈する。 そんな時期があるワケでして。 そして逆に空白のまま続く時期なんかも、ちゃんとあるワケでして。  for example

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でも。 ある種のチカラとか効果のような物事って、あるていど自己制御できていないと危険でもありましょう。 たとえ外界に開かれていない、閉じた世界の中だけでの取り組みだとしても。

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ずっと続けていた日記を急に処分したり、逆に見境なく他人に見せびらかしたり…
と、いうのは。 自殺の兆候を示す行動とする捉え方をどこかで聞いたことがあります。

解らなくもないし、あまり解るようにもなりたくないです。 ただ、少なくともそのような行動で推し量られる立場には在りたくないなと思っています。 もちろん、この先々でも。 尽きぬ限り。

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故・著名人の日記が主に遺族の手によって発見され、公開されるに至るのは多分。 それを闇に葬り去ることの”重さ”に、絶えかねてのことじゃないかなと想像するのですが。 さて、賢明な皆様はいかがご推察でしょうか。 …あとは、”夕食の献立” しか書かれていないとか。

あ。 そっか。  そーゆー家族愛なんかも、きっと ありますよね。多分。 ぱはっぷす。

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ところで。 いちおう念のためですが。

『そんな日記など残さぬのが…』 などと のたまわれた方々はマイナス3,500万ポイントですから。 えぇ。 ポイント減のみで済んでヨカッタですょ。 ホントに。

ヒトはいつ死ぬか判らないのだから…という考えの元に。 健やかに生き続けられるほどには、神とか仏のような存在から優遇されてはおりませぬ。 コレは私なりの自然観で言い切ります。

自然から頂戴するのは何も、食物ばかりではありますまいに。
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