【散文気分】 - 2016/8/12 Fri -


まずは初めての出会いについて。
ある集団であったり、大勢であったり少人数であったり。 二人っきりであったり。

特に言葉を交わす必然に見舞われない場合があります。 そんな時。 静かに沈黙を守り通すとか。 落ち着かなく姿勢を色々と変えてみたりとか。 携帯・スマホを操作しているとか。 周囲を観察して色々と思案しているとか。 まだまだ他にもありましょう。

不幸にして(幸運にも?)、言葉を通じて”絡まなければ”ならぬ場合。 やはりある種の安心感が会話を弾ませるのでしょうか。 共通観。 人物的な経験則。 または魅力。 どちらかと言えば常套的なそれらを阻む、不快感のような物事を払拭するかのように、会話で解決を図る… というのもありましょうか。 例えって難しいです。

そのような取り組み(?)にも関わらず。 もはやこの相手(人々)とは会話で絡みたくはない、会話するのは苦痛だと感じさせるのは。 一体何なのでしょう。 仮にココでは時間の経過やシチュエーション変化などの、打開的な展開に対しては期待せぬ前提とします。



次にいつもの出会いについて。
もはやいつものことなのですから、対面とでもしておきましょう。 ある集団であったり、大勢であったり少人数であったり。 二人っきりであったり。 そこは同じです。 ただ、

既に親しくなっていたり、特に変わらなかったり(いわゆる顔見知りですか)、むしろ険悪になっていたり。 こうなるとそれら多様性に追いついてゆくのが、もはや相当に困難です。

新たな会話を期待して好意的に望んだり。 既に差し障りの無いやり取りの図式が用意されていたり。 好戦的な態度や言動を過敏なまでに押さえ込むが故に、むしろ沈黙が『ギクシャク、ギクシャク、ギクシャク…』などと、あたかも擬音を発しているかのようであったり。

例に挙げた各状況がこの辺まで枯れてくると、さすがに”苦痛”と感じさせるのは何か?などと訊きはしません。 その代わり。 何でそうなったの? と、そうなるに至った経緯などを尋問することになりましょうか。 仮にココでは出会った時点での精神的なコンディションは各々方とも大変に良好であった前提とします。



さて、 少々の寄り道を。
最近まで、そこそこストイックに抵抗を示してきた。 そんな考え方(捉え方)があります。

   『説明が無ければ解らないのなら、どれだけ説明があっても解らない。』

…いや、 ヒトはそんなに不自由な存在ではないハズだと。

自身の感覚を鍛える意識を持ち続けてみたり、相手に期待して精力的に臨んでみたりと、場合によってはなかなかの厄介者であったものと想像します。 なんちゃって。

それらが変化して来ているのに気付き始めて、もうどのくらいでしょうか。 もしかしたらこの1年くらいなのでしょうか。 判りません。 ただ、これまで抵抗してきたハズのそれが。 不思議にしっくりと感じられていることに。 そうした臨機のほんの少し後から気付くケースが、段々と増えていっているようにも感じています。



では、 戻します。
”大きな違い”について。 …唐突なうえに漠然とし過ぎていてスミマセン。
ご自由にお好きな事柄を想像しながら読み進めて戴きたい、そのような所存なのです。

そもそも大きな違いとは。 ある種の恐怖感を兼ね備えた存在であるとも言えましょうか。 そして。 特に現代ではかなり多くの場合に、そうした恐怖感は”ある条件付き”で既に取り除かれている。 たやすくご同意戴ける事柄もありましょう。 反対に、「そんなことはない」とお叱りや反感をたまわる事柄も、きっとありましょう。

いずれにしましても。 比較的に解りやすい存在であることには違いないようです。
(※分かりにくい恐怖、見えない恐怖については便宜上、物語の世界に委ねてしまいます…)





さあ、 やっとたどり着きました。 久々に長っがぃ、渾身の”前説”でした。
ではお待たせ致しました、”小さな違い”について。

ただ少しだけ気掛かりなのは…  そうなのです。 『説明が無ければ 云々かんぬん』

いいえ。 気を取り直してまいります。
まず結論めいた事柄から申し上げますれば。 小さな違いとは、しばしば現実的な恐怖をもたらします。 その辺は”大きな…※註釈”とは異なります。 物語どころでは済まされません。 小さな違いを指摘される側にとっては驚異的な事態なのです。 ちなみに。 そう感じられない(感じているようには見えない)場合には実は”大きな違い”であったり、そもそも取るに足らない違い(勘違いですね)である可能性が考えられます。 適宜改めましょう。

先に”小さな違いを指摘…”などと記しました。 しかし小さな違いほど具体的に指摘され難いモノも、そうはたやすく見つかりますまい。 その辺りに恐怖の入口へと通じる匂いがしているようにも思えます。 すなわち小さな違いとは。 受け手の内部をジワジワと蝕み、増幅〜増殖し、そうしたことによる不快感や苦痛による吐け口をやがて仕手側へと向けさせる。 そんな風に例えればもはやホラーの世界です。 この場合は単に、”ある種の不快感”とでも記しておけばよいものを。 サービス過剰にも程があります。 しかし。

こんな風にサービス様式でサラっとご提供できるのも、己が小さな違いに関する大家だから…かもしれません。 家賃は不要。 オーソリティの方ですね。 もちろん仕手側としての。





6.Aug.2016  藤沢市・大庭東(稲荷)地区、引地川沿いの田園地帯にて。




稲穂がこうべを垂れさせ始める直前の、こんな感じが好きです。 まだ花が残っていたり。
黄金色に輝きながら風に揺れる、そんな実りの時季を期待させられてワクワクしますな。


それは、青年期の真っ直ぐさに心魅かれるからだ…   などと深読みせんでください。
それは、来るべき老後を案ずるからだ…   だから深読みせんでくださいってば。 モゥ。

心理ゲームみたいなのって、あんま好きじゃナイもんでして。
するのも、されるのも。 答えるのも、答えを聞くのも。 全部。

それは、”好き”のウラガエ・シっ!?  (バキッ! ボカッ! ゲフッ!)    パンパン…  フゥ。

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解説のコーナー


『…なんか 変。』 , 「うまく言えないけど、どこか変だと思う。」

そんな風に言われた経験を皆様はお持ち合わせでしょうか。
それ(悩み?)に関しては、既に他者へと相談されているのかもです。 あくまでも、”かも”です。

ワタクシなんぞは。そんな風に他者へ宛てられるハズの相談メールが、こともあろうに。このワタクシ宛に”誤信”され、まずはその解釈に困り果て、次にワタクシの置かれた局面について困り果て、遂にはその相手との関係性の維持について困り果て、困り疲れてずっと黙っておりました。

しかし時効のタイミングを慎重に見計らい、相当に後になってから笑い話に仕立てて吐露しました。 まあ救いのようでもあり、お人好しのような、アフォであるような、どーにも消化不良な複雑気分だけが残りましたとさ。 メデタクナイ・・・ と。

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『…あ。 さてはオマエ、変なヤツだな?(笑 』 , 「オレ、変なコト言うヤツ嫌いなんだけどな。」

・・・ね? サンプルには事欠きませぬ。

これら2例の場合などは一見して冗談のようにも取れそうですが。 目だけはマジでした。
長らくその解釈に困ってまいりましたが、今では経験した”ありのまま”だけを持ち続けておこうと考えています。 引き出しにしまって置くワケです。でも、たまには出して陰干ししたりします。

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実は。 単なる偶然と思うのですが、ほんの少しだけ嫌〜な共通点にも気付いておりまして。
これまではあまり取り沙汰さないようにして来た経緯があります。しかし負い目のような感覚はむしろコチラ側にあるようなので、それらを公表すること自体には良心もさして痛みません。

少なくとも、”それ”が判明している限りにおいてはナゼか。 ナゼなのか、A型の方々ばかり。
そして何かのご参考となりましょうか。 このワタクシめはB型。

己が含まれる集団内で血液型・談義が湧き起こると、静かに退散する慣わしです。 もちろん真剣に取り合ったためしもありませぬ。 馬鹿にしているつもりも特に無いです。 それらに関しては、なにしろ”解らないコトだらけ”といった世界観を持っておりますものでして。

なんだか話がブレてしまいそうなので、ココらでヤメときます。  …ね?(汗
(言い逃げ、振り逃げ、その他ありましょう。逃げるが勝ちとします。てか、勝ち負けちゃうのか。)
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