【散文気分】 - 2014/2/20 Thu -



こんばんは。
冬季オリンピックで賑わう情報メディアから あたかも隠されてしまうかのように、甲信方面の雪が大変なことになっております。  私にも若干の知り合いが、甲州方面で友人家族の ふた組ほどが暮らしておりまする。 月曜の深夜に、そのような仲間内に 宛てた現地からのメールが届いておりました。 そうした現実の内容を垣間見るに際し、お見舞いのメールを返送する他 ありませんでした。 幸いにもカラダの自由の利く身の上、しかし手伝いに駆けつけたくも陸路が寸断されている状態なのです。  一昨日の午前(2/18・火)の時点では やっと中央高速道が開通し、他には御殿場からの富士急バスが山中湖畔を経由する路線を 1日2往復だけ運行再開したとの情報が判明しておりました。(小田急とJR御殿場線は既に平常運行。) さっそく現地の友人と 電話連絡をとってみましたが、目下のところ現地都合により、『いつでも行けるから』 状態の 待機姿勢を保っております。

年明けからの近況的な話題を少々記させて戴きます。 (かなり)以前に、そういった話題には本文であまり触れたくは無い のだと つづった記憶も明白に持ち合わせてはおりますが、もはや長き孤立状態に近い今の境遇を思えば仕方なき事柄なのかとも 考えまする。

昨年の夏ごろ以来で少しずつ意識し始めていた方向性を持って、正月明けから就職活動を始めております。 この数年来の私に してみれば積極的な行動であるのかな… との認識です。 持っている時間と体力を駆使して、鉄の熱い情報を頼りに精力的に 行動しておりました。 そしていくつかの幸運な縁にも恵まれました。 さらにそれらを頼りに触手と行動を広げ、半ば走り始めて いた分野に自ら待った!をかけました。 その準備は既に ほぼ整っていた段階でした。 しかし踏みとどまって、新たな調べ事や外出を いくつか短期集中的に経過して、そしてクーリング・オフ期間も設け、どうやら意思と先々の行動予定が固まった状態が今なのですね。  そんなエア・ポケットのような境遇が たまたま今だったのに過ぎないのです。 さらには、そこへ飛び込んできた甲信方面の 雪害ニュースと生の声だったワケです。 少々早足に つづってしまいましたが、よろしいでしょうか。

しかし具体性に欠けますようなので、もう少々追記します。 ある通信制の福祉系大学に入学します。 その目論見は大卒と同時に 社会福祉士の取得です。(私は工学系の中退なのです。) こう明記すると やや即物的ではありますが。 さらに大卒を利用して 精神保健福祉士も取ります。 それらの資格取得は あくまでも勉強における ある種の方法論と考ます。 その間に出来る だけ希望に近い職場を探して、実地で学んでゆきたいとも考えています。 そして たとえ何歳になろうとも、そうした取り組み の一環たる資格取得が半ば頓挫しようとも、児童福祉・障害者支援に関連する何らかの施設や取り組みの場での従事を目論んで、 そして続けてゆきたいとの思いなのです。 …目下のところ。

年初から開始してきた行動の過程で変化してきた心境もあります。 やはり当初は その求人情報の多さから高齢者介護についてを かなり意識しておりました。 いくつかの施設も見学させて戴き、主にハローワークを通じて市や県の主催するセミナーや相談窓口も 利用しておりました。 そんなある、福祉関連施設から講師を招く懇談会にて。 今月初めのことでした。 障害者支援や 児童福祉に関して、もっと掘り下げて調べてみたいといった思いに駆られたのでした。 すぐにある障害者支援施設の見学を 申し出て、幸運にも受理され、そうして出掛けて来ました。 まず、(大学中退な境遇ゆえ)迂闊にも諦めていた社会福祉士 ・取得の道は、現実的な方法論として閉ざされていなかったことに気付かされ、そして施設の担当者2名の方々からお話を 伺ってゆくうちに(実際には私の今に至るまでの境遇話が、最も長かったのですが)、自分の中に存在している ある意識に 気付いて、その場で ありのままに表明していたのでした。

仮に高齢者介護関連の施設で勤務するとして、そこはある種 私には十分過ぎる環境とも言えますでしょうか。 人生の大先輩 方の末路を看取る過程で接触することが出来る。 そんな期待感は確かにありました。 実際、その業務上の過酷さは、 現時点では外野ながらも踏まえた心で申しております。 そうした事柄を考えつつ進んでゆける感触に、特に不自由は感じて いなかったのでして。

それらに相対して まだ あまり見えていない、そして さほど意識していなかった方向から 私の心に 待った!の声が、かけられた かのような感覚でした。

これは障害者支援の施設を見学させて戴いて、その後に談話の場を1時間以上も設けて戴いた折、担当してくださった方々に対して 終盤に自ら表明した言葉であり、そして珍しくも それらの話し言葉を記憶しております。 もはや そのまま書き連ねてしまいますが、 『・・・(決して比べるべき事柄ではないと思うのだが、どちらかと言えば自分は)未来に光が欲しい人たちを助けたいのだな、 もしも そうした場で自分が求められているのならばと、今そんな風に感じています。』 ・・・そう確かに言っていたのだと 振り返ります。

そのような年初以来の取り組み期間におきましては、不思議と色々な事柄に繋がりを感じてきてもおりました。 そして ある時には それらの いくつかを、ココを使って小出しに(半ば比喩的に)表現してもおりました。 まことに ざっくりとではありますが、 かような事情と境遇によるものだったのでして、それらを持ち出した因果関係については うまい(スマートな)説明が出来ぬ ままでした。

でも今回うまくお話することが出来たとまでは、とても申せません。 しかし説明はもう十分なのではないかと。 もはや 行動で示す段階に入りつつあることを自覚しておりまする。 この先は本当に色々とあって途方に暮れそうなのですが。












本文は昨夜(2/19・水)に記述しました。 そして何度も読み返した末にUPロードはせず、1日ばかりクーリング・オフ期間を 設けておりました。 そして今宵。 検閲作業として再度読み返し(記述から1日経過の修正も施して)、公開するに至りました。

それは何故かを説明するのは、もはや おこがましい行いなのだと。 むしろ そうした部分で最も鈍感な者の一人が この私 なのだと。 そう解釈を戴きたいと願う次第です。

所信表明(演説)。   …私は嫌いなのです。 はい。
自身を”追い込み漁”的に動かしてゆく、精神行動の起爆剤のようなモノ(?)として捕らえる向きもある… そんな認識です。  実際に身近なヒトの口から(主義として)そう聞かされた経験も持ち合わせております。 そのような志向を酌量しても、 やはり嫌いなのです。

本文は今の ありのままを刻み記すオベリスク(記念碑)です。 それ以外には考えられない。






18.Feb.2014  一色川沿いにて


昨年は開花の初頭に気付きながらも満開の光景を見ずに終わった河津桜並木ですだ。
実際は この数日前から気付いておりましたので、昨年よりも1週間ほど早い開花であったことが伺えまする。

あと気掛かりなのは庭の紅白・沈丁花(先日の雪の重みで ともに倒されちまいました)、そして正月に親水公園トイレ前に ゲリラった球根80球のチューリップ(ちゃんと雪の下で芽吹いておりました)でしょうか。 なんとか咲いて欲しいですわぃ。  ほんで個人的な花見酒… ですかな。
花より団子。 団子より酒。 酒よりも、げふぉっ! げふぉっ!   …ふぅ。

あ、煙草ぢゃナイですょ? もっと途方に暮れる方面の取り組みですね。 えぇ。





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