【散文気分】 - 2013/11/27 Wed -



半年くらい前だったでしょうか。 このような手紙を読みました。



               心に残したかった風景 鶴ヶ城

 前略

 「書いてね」 と言う可愛い正平さんの言葉に このお便り書かせていただいています。
でも心に残る想い出の場所ではなくて 「心に残したかった場所」 なのです。

 私には25年も文通を続けていた 容子さんという友人が 福島県南相馬市小高区に居ました。

 正平さん ご存じないと思いますが 福島県では3月9日にも割と大きな地震があったのです。 心配だった私は3月10日の朝 容子さんにお見舞いの電話をかけました。 元気な声で 「大丈夫です。 昨日は6回揺ったけど被害はありませんでした。  仙台に居る息子も大丈夫です。」 との 容子さんの答でした。

 あの大惨事が起きたのは次の日の3月11日でした。 すぐ電話しましたが いくらかけてもつながる事はありませんでした。

 後日、分かった事なのですが容子さんは家ごと津波に流されていたのです。 海に近かった洋子さんの家、田ンぼも畑も 全て 水の底になっていたのです。

 心配で胸が押しつぶされそうな私の元に次の日、3月12日 容子さんからの手紙が届いたのです。 10日朝 電話の後すぐに手紙を 書き その日の内にポストに入れてくれたのです。

 25年も文通していると お互い年もとり すぐ返事を書くようなことは最近なかったのです。 虫の知らせと言うか運命の いたずらなのでしょうか。 容子さんからの本当に最後の手紙が届いたのです。 何度も 「お見舞いの電話ありがとう」 と 書かれていました。 そして 「早く暖かい日が来ることを願っている私です」 とありました。

 震災の後 主人の協力で福島県警や南相馬市役所へ何度も電話を入れ彼女の事をたずねました。 やっとの思いで ご主人が無事 避難されている事が分かり 連絡を取り 容子さんが家ごと流されたと言う事が現実になってしまったのです。

 それから約三ヵ月後に容子さんは発見されましたが、暖かい春の日を迎える事なく逝ってしまわれたのです。 以前 容子さんと お会いした折に 「今度は私が福島県を訪ねたら 必ず一緒に 『鶴ヶ城』 へ行こう」 と約束していました。

 容子さんが逝ってから 間もなく二回目の桜の季節を迎えようとしています。
「鶴ヶ城」 は桜の時が一番美しいと聞いていました。 容子さんと一緒に 「白虎隊」 の事など語り合いながら訪ね 私の心に残る 想い出の場所にしたかった 会津の 「鶴ヶ城」 を どうぞ正平さんに訪ねていただきたく よろしくお願いいたします。

 「行くよ」 と言ってくださいね。

 私もその内に必ず訪ねたいと思っています。 そして容子さんのお墓参りもさせていただきたいと考えています。

                  徳島県小松島市 M.Y さん(63歳)からのお手紙




25年前と言えば私は21歳でした。 大学の講義にはろくに出席もせず、バイトや部活動に明け暮れていました。 かなりの ろくでなしであったなと、今でこそ そう振り返ります。

そしてこんな私にも現代風な文通相手がいます。 やり取りの殆どはメールです。 来たる12月1日で知り合ってから丸10年と なります。 何らかの節目とでもなるのでしょうか。 ただ いつものように、さらさらと過ぎ去るだけの日となるのでしょうか。  先のお手紙にもあったように、10年もメールを交し合っていると お互いに年もとり、すぐに返事を書くようなことはなく なってきております。 でも、このように ”虫の知らせ” や ”運命のいたずら” といった風情のメールは金輪際、未来永劫、永久に 受け取りたくはないものです。

けれども こちらの方にとっては…   届いて良かったですね、と感じています。

その存在が消滅してしまった時、それは無に帰するといった解釈は私には到底 無理なのです。 たとえ その足跡が風雨に 消されてしまった後であっても。

ところで、 未来さんはどう思われますか? よかったら ご意見メールなど ください。



   …クレクレ。 キボンヌ。

















涙した人は連絡ください。 ささやかながら粗品を贈呈させて戴きます。

…もちろん「鶴ヶ城」の方のお手紙にですよ? 万が一にも私の文章などの方に涙しちゃった人は罰金ですから、黙秘して おかれるのが賢明です。 な〜に、3,000ユーロ程度ならかまわないよ(笑) といった奇特な方々には、後ほど振り込みに関する 要領をお伝えしますだ。




24.Nov.2013



草むらの あせた色合いに体色を合わせているのでしょうか。
このまま暖かい場所を移動しながら越冬するのか、それとも泥に穴掘って冬眠するのか。
果たしてその真相は どうなのでしょう。 げろげ〜ろ。   …げこ。

さて次回の”あとがき”は、ドクター・イエローに関連した出来事をつづってみたいと希望します。  あくまでも希望なのでして、ヘイ。



…お。 なんと、 悪魔でも希望 とな。
三途の川で溺れたら、いかに悪魔とはいえ 誰も居ないよりゃあマシ?  ちゃうわな。 ウン。 和洋ごっちゃだし。 悪魔だって きっと助けないよなぁ。 溺れている上から岩なんか落としたりして、 死なない程度に責めるのが職務なのだ。 もしや三途の川のマーメイドか? わやや。

いや失礼。 もはや死んだ後のことでしたな。 ややこしい。 死ぬにも色々と大変そうだと悟りますただ。 遺言だって 考えておかなけりゃ いけないし。 コレ即ち、『なんだかメンドーだから死にたくない。』 という志向の斬新な生き方 なんすかねぇ? でも 100人中で 1,000,000,000人ぐれぇの混声合唱団から、『オマエは逝ってよし!』 と言われますだな。  オーケストラ付きで。

あの、蛇足ながらも 10億って すぐに読めますたか? 某大手スーパー勤務時分に カンマ一つで千、二つで百万、三つで 十億って覚えますただ。 『一千、百万、十億。』 ちなみに それ以上は天文学的な数値として意識の外へ流す。  コレも一種の合理性でしょう。 スンマセン(汗

…しかし 三途の川のマーメイドって、一体 何者なのでしょう。 くせ者には違いないのだろうけども。 ホントにそんなんが おったらば、あの世が見物の亡者で ごった返すんじゃないかと。 気になり出したら どうにも頭から離れなくて。  困った。 ホンマに、困った。 厄介なマーメイドですなぁ。 たぶん セイレーン とかの仲間なんだろうな。ウン。 関わらんとこ。 撤収、撤収。

                                      あ、スッタコ〜ラ サッサ、 キっツネ〜が コンコン♪ と。




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