【散文気分】 - 2013/11/20 Wed -



   私の心の風景



正平さん、チャリオ君、スタッフの皆さん、だんだんと寒さが増してくる中をお疲れ様です。

毎朝拝見させて戴いているこの番組は私のライフサイクルに於いてとても重要な位置にありますが、それもいつか終わって しまう日が来るのだろうなと思うと、やはり少々混乱してしまいます。 ・・・ので、そのようなことは出来るだけ考えない ように心がけています。

さて、正平さんに是非とも訪ねて戴きたい場所は、相模鉄道線の旧・大塚本町駅 跡地(現・かしわ台駅 東口)です。

私はまだ物心つく前から、そして小学校へとあがるくらいまでを座間市の南のはずれですごしておりましたが、その頃に 利用していた最寄り駅が今はない大塚本町駅でした。

私の家族が父親の会社の新しく出来た社宅へと引っ越すことになり、お隣の綾瀬町(当時)へと移り住みました。そしてそれと ほぼ同時期に大塚本町駅は廃止となってしまいました。その代わり両隣には新たに かしわ台駅と さがみ野駅が新設されました。

私が通っていたドレーパー記念幼稚園は大塚本町にありました。第二次ベビーブームの当時はなかなか入園手続きが出来ず、 各家庭の父母が夜を通して並んで順番待ちをしていた光景が思い出されます。私の父もそうして寒空の下で入園の手続きをしてくれ ましたし、夜中に燃料を満たした携帯カイロを持って母親とともに父の並ぶ列まで陣中見舞いに出向いた記憶が残っています。

そうして入園したその幼稚園の先生方も大塚本町駅を利用していました。母親に連れられて大和まで買い物に出かける際に、 私のいた ばら組の先生が同僚の先生方と駅におられて笑顔で手を振ってくれたのですが、私は恥ずかしくて母親の陰に 隠れてしまっていたように思います。(お弁当の時間の後にはその先生がもっぱら机の上などを雑巾がけする習慣でしたが、 外の流し台で雑巾洗いをする先生の背後からそっとスカートの中を覗き込む遊びが大流行してました。運が悪いと先生から かかとで頭を蹴られたりします。)

多くの友達も大塚本町付近に住んでおりましたから、遊びの拠点のようでもありました。その駅から坂を下ると目久尻川 (めくじりがわ)沿いの田園地帯へと出ますし、田んぼで太ももくらいまで埋まりながらザリガニ採りをしていました。 その坂の途中に金魚を飼育している釣堀があって、たまに父親に連れられて遊びに行っていました。私は覚えていない3才 くらいのことらしいのですが、何を思ったのか堀の中へとダイブしてしまったのだそうです。母親が私の首根っこを掴んで 引き上げてずぶ濡れの私を連れて父と三人で自宅まで帰ったのだそうです。そしてその数年後には近くの医院の産婦人科で 妹も生まれました。

それらのすべては、当時の小さな借家住まいを憂うこともないくらいに、ぼおっとしていた頃の記憶なのですが、思い出す 度に不思議とあたたかな気持ちになれる気がします。その頃の父と母の年齢は今の私より一回り以上も若かったのですが、 13年前に母は他界してしまい、今では父も大好きだった自転車散歩も出来ない具合に体が不自由です。

それ以来訪れることのなかった大塚本町駅の界隈も今ではきっと様変わりしていることだろうと想像します。けれども振り返る ことがあれば、いつもつい心の旅に出てしまいます。


  神奈川県 藤沢市 散文気分(46)

















お久しぶりです。
お元気ですか。 お変わりは ありませぬか。

春も夏もスルーしてしまい、そして秋もかなり深まりつつあります。 やはり9ヶ月のブランクとは、 いやはや…


もっぱらの習慣であった歩き散歩が”走り”に変わってきております。
でも散歩なんです。 走ってても気になった事柄に出くわしたならば、躊躇なく立ち止まります。そしてじっくりと観察します 。 そう。 先生のスカートの…  げふぉっ、 げふぉっ!   …ふぅ。





P.S. 21.Nov.2013

気が変わって(気がふれて?)番組ホームページの投稿フォームから、本当に投稿してしまいました。 よって明日からは清く正しく生きてゆかねばなりません。 不本意ながらも。

人間、長く生きてりゃどうしたって色んな汚れが…  げふぉっ、げふぉっ!   …ふぅ。




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