【散文気分】 - 2013/1/19 Sat -



こんにちは。
二日続けて穏やかな陽気でありますね。 Yahoo!BBのフリーダイヤルに待たされていて、持て余した時間を ホームページ記述へと適用しております。 もはやどうでもよくなってまいりましたが、何に時間が掛かって いるのかと気にはなりまする。 きっと冷静な感覚であるならば、あまり関わり合いになりたくはない事情 などに取り付かれてのことなのでしょうか。 実際に出てみたらその通りでした。 面倒ですね。

では。 始めますが、”相手の立場に立つ”といった心境であるとか、そうした何らかの責任が発生すると 思われる状況における意思表示といった事象については、どのように認識されておられますでしょうか。

変でしたか? 変ですね。 どう説明すればよいのでしょう。
真面目に現そうとするとヘンテコになる傾向は、例えば六法全書であるとか、生命保険契約書の約款であるとか、 学術書を引っ張り出してサラっと眺めて戴ければ容易にお解かり戴けるのかとも思います。 でも、出来る限り においてヘンテコなやり取りは避けて通りたいものだとの危機感が働いたものでして。 スミマセン。

さて、先述の命題と申しますか、もっと簡単に言うところの立場とか、境遇なのでした。 それは難しく考え 始めればトコトン難しいのでありましょうし、自らの胃袋加減、さじ加減でしかモノは言えないと開き直れば、 何も難しさなどは感じ得ないのかもしれません。 その場のやり取りを継続するのかしないのかは、相手の ジャッジメントに委ねてしまうカタチとでも言えましょうか。

過去に、または現在進行形として、その相手と同じような立場を経験しているのかどうなのか。 まずはそう した表明が有効なのではないでしょうか。 場合によっては現在進行形に限るといった、極めてナーバスな状況なども 考えられますが、相手は殆んどの場合に心開いて話の先を続けてくれるのではないかと想像します。 他方、 似たような経験は無い。 厳密には無いが間接的には無いとは言い切れない。 お話としては度々考えさせられ ている、云々かんぬん・・・ という場合も普通にございましょう。 むしろ一般化して考えますと、こちらの 方が多勢となりましょうか。 もちろん数の論理などを展開させようなどとは思いません。 お話として聞き 流しやすいのかなと想像したに過ぎません。

当時者にしか解らない物事、事柄、それらに誘発される感情といったものについては、部外者としての立場から はモノを申すべきではない。 是か非か、です。 場合によるという解釈もございましょうか。 では次に、 逆の立場に立って戴きたいと思います。 ある相手に対して、ご自分の立場にない者には解るわけが無いと、 言い放ってみて戴けますでしょうか。 よろしいですか? まだですか。 はい。 ありがとうございます。  では続けます。

いかがでしたでしょうか。 何か気付いたり、なにも特別なことなどはお感じになりませんでしたでしょうか。  もしや私が何を言いたいのかと、苛立ちを感じ始めておられるのでしょうか。 それは不本意ながらも 申し訳なく思います。

あるジャッジメントを下す立場にある、またはそうこころに思う立場にあった場合なのですが、おのずと 勝敗といった形式をもってその場を反すうすることになりましょうか。 しかし引き分けや両成敗などという ケースもありますか。 あいまいなままで先送りといった好ましくない場合もありましょうし、均衡を維持する こと自体が大事であったりもしましょうか。

   アナタは○○じゃないから解らないのだ。

コレは勝者となり得る者の、または相応しい者の発言ではありません。 勝負の世界であれば、完全に投げて います。 試合放棄として解釈できましょうか。 あとはロッカールームで関係者同士、傷口を舐め合って 戴くほかありません。 問題なのは、そのような判断を解釈出来得る冷静さが一方的に欠落した状況にあるのだ とも言えましょうか。 痛々しいので勝負事としての顛末を求めないというのが、実情ではないかと感じて おります。

   散文気分さんはクラブに自分の子供を預けていないから解らないのだ。

…と、ある親コーチから言われた経験があります。
その人の息子とは一つ違いの娘を私が持ちながらも別々に離れて暮らしていて、なおかつクラブにも預けてなど はいないし、男児が殆んどで女子は稀といった境遇のクラブでボランティアといった立場で週末に活動し、自分 の子は女の子である。 当時、そのような立場ではありました。

私はそれに対して黙りました。 それ以上の対話を続ける必然性を失ったのだと感じたからです。 場の状況と しましては、かなり気まずい感じではありました。 でもあとは黙って別の話題で最後まで酒を飲み続けては、 別れ際には また来週からも頑張りましょう!と励まし合って別れました。



大変申し上げにくいのですが、ここからが今日の本題であります。 もう少しだけ辛抱を願います。 ともに 勝者という珍しいケースの一例として、この経験談を持ち出してみたのです。 ここまでを書き連ねていて、 よくぞ思い出したものだと、感慨深い思いが湧き上がりました。

その席は三人でした。 酒を酌み交わしながらの、今週もお疲れさん… といった、日曜の夜でありました。  一人はクラブに子供を預ける立場で自らもコーチとして活動に参加する父親であり、一人は数年前まで は同じような立場であり、そして息子が卒業してからもコーチとして残って活動を継続してくださっている父親 であり、最後の一人がこの私でありました。 その当時の私の境遇については既にお話させて戴いた通りです。

あの、スパっ!と私が黙ったことで場が収まりましたことなどは、あまり感じ取れない書き方をしてしまいました。  スミマセン。 でも事実です。 なにも問答に疲れ果てたワケでもありませんでしたが、そうしましたし、 そうなりました。 まだシーズンも始まったばかりの頃ではなかったかと記憶しております。 しかし、既に 重要な大会を落としておりました。 なのでその先々の展望などをアツく語らっていたのだろうと想像します、 きっと。

その年の結果を簡単に言ってしまえば、最初にコケて徐々に盛り返し、最後に花咲いた世代でもありました。  さすがに最後は涙が溢れました。 そして私は子供たちに感謝しましたし、かく言う私も ある子供たちからは 慕われ続けております。 そのうちの一人は、先の発言を私に対してまくしたてた親コーチの一人息子であった りもします。 4年前に偶然再会しました。 お互いに通勤・通学電車の中でありましたが、行き先までの時間を かなり盛り上がって話し込んでおりました。

   「…あ、お父さん元気?(笑」  、 『 はい。 なんも変わってません!(笑』

そっかぁ…、 変わってないんだぁ〜(汗
ちなみに、”ともに勝者”とした由縁は結果に根差した解釈であります。 本当に最後の。 それを共有し合う 仲間なのでもありまして、もはや”物言い”などはつきようもナイのです。 お察し戴けましたでしょうか。  すっかりと長引いてしまい スミマセン。 以下は余談です。

あくまでも当事者なのでして、ゆえに想像から客観的に申しますが(笑)、かなり屈辱的なことを言われていた のだと認識しております。 しかし、そのような些細な出来事をこうして今でも記憶しているのは、そのような 屈辱感から思い出す毎に反すうしていたからではないのか?と問われれば、それは明らかに違います。 そんな 風にして維持される屈辱感であったのならば、相手を斬り捨ててしまう方が楽なのではないかとも想像しますし、 そのような昔話は色々と語り継がれておりますことなどからも、きっとお解かり戴けますことでしょう。  ならば何であったのかを敢えて明かすのならば、それは私が こころの汗をいっぱいかいて 考え抜いて、 それが正しいのだといった結論に いまだ至ってなどはいないことに尽きるのではないかと、あくまでも想像 します。 ええ、 現在進行形なのです…












夕食の時に舌をヤケドしました。 炊き立てのご飯をほおばっていて。
要するに”調子にのって語ってるんじゃねーぞ?” といった類の、戒めなのかなと 解釈しておりまする。  そう思うのも また、勝手ではありますなぁ。




at 19.Jan.2013  Near by my home.

正午前の”月の出”であります。

ちょいとご近所に出てくる用事がありました。
庭先にはヒヨドリとの対決でピリピリとした緊張感が漂っておりまする。 あぁ、ヒヨドリと私の対決なの ですが根負けした感があって、それこそ投げましたわぃ。


以前までのアパートが更地になっておりますところで、我が物顔のツグミに気付きました。

30数年前までは小さな豚舎が隣接する竹薮だったのだと、もはや誰が知りましょうか。    …不肖、私の記憶が頑張ります。


諏訪神社の入り口です。

自宅から徒歩3分。 妹は七歳の七五三で両親とともに、ここへお参りしました。 二回目は近場で済まされた ワケなのですな。

そんな書き方をされては一回目も気になるのが心情というもの。 相模一ノ宮・寒川神社でした。

しかしいずれの時にも私は同行しておりませんでした。 ナゼなのかは記憶にありませぬ。 もちろん留守番 などしていたとは思えませぬ。 3+5=8、 7+5=12、 私が小学2年生と6年生なのですな。 6年生はさすがに 野球だったのでしょう。 残る2年生の都合とは… ハテ???

あぁ。 その当時は土曜日も学校ではありませぬか。
なぁ〜んだ、 ツマラン(笑


梅雨明け頃から夜な夜な太鼓の練習が始まります。

子供の頃、夏場に開け放した窓からは、そのような太鼓の音を聞きながら眠りについたものです。


モクレンの咲き始める頃には、きっと忘れてしまうのでしょうか。 いまこうして書いている心境のことなどは。


しかし忘れてしまえば、それはそれで幸いなのです。
ヘタに覚えていると切ないものですから。

なのでしっかり忘れられますように…と、お参りしておきました。  もはや冗談なのか本気なのかも判りません。

確実に解っているのは、どちらも私のこころなのだということだけです。



P.S. at 20.Jan.2013
約1年ぶりに Mission extra コーナーの ”追っかけ人事くん” を追記・更新してみました。
忘れていたワケでも、忘れたいのでもないのですが、なかなか書き連ねる心境にならないのも また事実なので あります。





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