【散文気分】 - 2013/1/17 Thu -



おはようございます。
いやはや、まさか4日目まで残るとは。 根雪とまでは申しませぬが、この後の”追い討ち”などが気になります ねぇ。 今のところ来週火曜日あたりにも雪の予報が見受けられまする。 まぁそのくらい間隔が開けばまだ 大丈夫でしょう…   きっと今回の学習なども役立つことでせう。

そんな先日の降雪以来なのですが、どうやら野鳥たちもエサ探しに難儀しているらしく、それまでは来なかった ヒヨドリやカラスといった大型の鳥がやって来て、メジロ用(笑)のミカンを丸ごと、あるいは中身だけを持って いってしまうことが度重なりました。 なので今はミカンを中断しておりまする。 それでもメジロは寄って 来ますが、「ちっ!」と舌打ちして去ってゆきますな(汗

そんな風に考えていて思いついたのが、くだものカスなどを庭の地面などに放置しておけばツグミが拾いに来る かもしれないなぁ… という発想でした。 しかし庭の見た目がガタ落ちします上に、やはり気付いた親父さまが せっせと片付けてしまうのだろうかと、実施には至っておりませぬ。

前回のあとがきで、藤沢市が呼びかけていた野鳥の生息調査を取りまとめても、その提出手段に難儀して放置 してある旨をお伝えしておりました。 思い直して情報を漁り回っておりましたらば、webファックスという 手段のあることが判明しました。 通常のeメール送信の要領でFaxが送信できるという感覚なのです。 しかも 添付したいファイルを作成したソフトで展開、または印刷した体裁で先方へ送り届けることが可能なのです。  有料、無料とそれぞれあり、適当なものを選んでみたら海外のサービスでした(汗) しかし送付先で国を選択 出来るのでアナウンスに従って試してみましたら、指定した自分のメールアドレス宛に、「準備でけたで。 送信 してええんかな?」と、メールが来ました。 それに了解すると送信中のサイト表示に変わりまして、しばし 待たされまする。 ほいで忘れた頃にまたメールが来まして、「よう送っといたわ。 またつこてや。」とか、 「アカンかったわ。 番号間違ごうてへん?」などと知らせてくれる次第なのです。 便利な世の中でありますなぁ…

 ※ 送信設定サイトのアナウンスやメール文は全て英語でありました。 決して日本語、ましてや関西弁など
   ではありませぬ。 どうかお察しくださいませ。

出来ればそろそろ働きたいものだと、昨年末以来で思い続けておるのですが、なかなか思い切った就職に 踏み切れないまま今に至っておりまする。 ならば自宅で、さては内職などとスコープを広げて考え始めて 久しいのですが。 ひと度そのように手掛ければ、そうしたなりの責任という事象が発生してしまうことなどを 考え始めると、途端に身動きが出来なくなってしまいますなぁ。 やはり歩合制だな。 出来高払い。 しかも 尻を叩かれないタイプの。 自分でこのように書いていても、悠長な職探しだこと… と思いますわぃ(汗












at 15.Jan.2013  Fujisawa municipal hospital



先週の検査入院後にも、まだ親父さまの検査が日帰りで15と25日に設定されておりました。 ので、15日の朝にも 10時の予約に合わせて出掛ける支度をしておりました。 あいにく前日の降雪による交通網の混雑が続いている との報道から、少し早めにタクシー会社へ電話してみると やはり繋がらない。 やっと繋がって状況を問えば、 おおよそ20〜30分待ちだが約束しかねるとのこと。 それで構わぬと配車を願い出るも、30分以上が経過しても 来ないので、念のために先に病院へ遅れを申し出ると、病院でも混乱しており、検査予約の順番に関わらず 来院者から随時対応中とのことであり、急がずに来てくれて構わないとのアナウンスを受けました。

やがて1時間15分ほどが経過した頃にタクシー会社から電話があり、ようやくあと7分ほどで迎えに来れる状況と なったが、それでも良いかとの問いに、構わない旨を伝えてから親父さまにもそう伝えました。 それぞれに 身支度を整えて私が2階の自室から降りてキッチンに使ったコーヒーカップを下げていると、南の間の窓際から ドスン!という物音がして そちらを見やると…
親父さまが尻餅を着いた状態で座り込んでおりました。

頼りない表情で私を見るのですぐに駆け寄って大丈夫かと、どこか痛めたかと訊きましたが、親父さまは大丈夫 だと繰り返すも立ち上がれない。 そのうち胡坐をかいたまま前かがみにゆっくりと突っ伏し始めたので、 私はしゃがみ込んで親父さまの肩を抱えました。 親父さまは大丈夫を繰り返すばかりで力が入らない模様で したが、立ち上がれるのか判らず、とりあえず履いていたサンダルを自分で脱がせてみました。 が、手先が 思うように動かせないのでした。 呼吸は大きくゆっくりでしたが、私の呼びかけにも段々と応じる速度が 落ちてゆくので、マズイと思って一度親父さまを前のめりの状態にして離れて電話を取ってきて戻り、再び 私が背後から抱きかかえる姿勢になって、救急車を呼びました。 段々と呼吸も浅くなってきておりました。

救急の電話応対にひと通り答えたあとで、雪の影響で救急車も全て出払っており、少し時間がかかる旨を 伝えられました。 電話を切って待つとすぐにタクシーの迎えが来ましたが、親父さまを抱きかかえたまま 背中越しの窓を開け放ち、状況を説明してキャンセルを申し出ました。 その頃には親父さまはもう私の呼びかけ には応じられず、ぐったりとヨダレを垂らして浅い呼吸をゆっくりと繰り返しておりました。 それからの 10数分間は信じられないくらいに間延びして長く感じられました。

救急搬送が始まってすぐに救急車を路肩に横付けして停車し、搬送先の手配連絡をとっておりました。 結局は 市民病院に決まりましたが、そんな間に救急隊員が親父さまの脈拍や血圧を測定して時々親父さまに対して 呼びかけておりました。 やがて表示された数値は信じられない程に低いものでした。

搬送先が決まって救急車を動かそうとする間際に親父さまの意識が戻ってきました。 呼びかけに対してポツリ 、ポツリと答え始めたのです。 倒れた直後に私とやり取りした内容を言うのです。 ただし救急隊員が到着 した時の呼びかけや救急車へ運び込まれたことは把握できておりませんでした。 病院へ向かう間にも次第に 意識がハッキリとしてきました。 しかし主要道路はどこまでも渋滞しており、中央付近に降雪が溜まった ガタガタ道をたどって進みましたから、大きく揺れながら進んでいたのです。 やがて病院へたどり着こうか という間際になって、親父さまは眉間に皺を寄せながら車酔いしたと訴えておりましたが、もう着いたからと 私は励ましておりました。

処置室へ運び込まれてから外で待ちましたが、しばらくして中へ呼ばれて医者から最初の説明を受けました。  親父さまは仰向けになったまま目を開けていました。 命に別状は無いので可能な限り予定の検査を進めて いこうとの内容でした。 ただしもう一度CTを取りたいので問診票と同意書に記入願うとのことでした。  周囲では親父さまの検査項目の順番でやり取りが行われておりましたが、一人の医者が胸部の動脈瘤を懸念 して先にCTを撮影すべきだと主張しておりました。 本来の検査項目はエコーでしたが、あとになりました。

再び私は待合に出されましたが、少し時間がかかるだろうとの説明から私の携帯番号を告げて、病院の庭へ出て タバコを吸いました。 すっかり長くなりましたが、その時に撮影したのが最初の写真であります。


病院の前庭です。
昼頃に再び説明を受けましたが、既にCT撮影は完了しておりました。 また別の若い医者がその結果を簡単に 説明しましたが、聞き覚えの無い病名が可能性としてあげられました。 いかにざわついた周囲とはいえ本人のベッド の近くであり、一瞬親父さまの方を見ましたが、親父さまは目を閉じておりました。 不用意な医者だなと 憤慨しましたが、気持ちは流して必要なやり取りをしました。 そして上体を起こすとすぐに血圧が低下して しまうので、次以降の検査移動にもストレッチャーに載せたまま行うと告げられました。

まだだいぶ時間があるので、昼食をとりにゆく旨と携帯番号を念押ししてから処置室を出ました。

その時に一つ思い出していた事柄がありました。
病院で患者に付き添ったり見舞いに訪れると、ヒトは食欲をなくすのだと。 だからこそ付き添う者は食べられる 時にはしっかりと食べておくべきなのだと。

長い一日への覚悟を決めては、そんなことを思い出しておりました。 そして食堂でしっかりと定食を平らげて おりました。 お世辞にも美味いとは感じませんでしたが。



少し病院の周囲を歩きました。 考え事をしながら頻繁にため息をついている自分に気付いては、立ち止まって 深呼吸などをしておりました。

そして毅然と付き添わなければいけないなと思い直して、気分転換を意識し始めておりました。


先週に散歩で訪れた寺院境内です。


溶けた雪が屋根から滴り落ちる水音が大変に賑やかでありました。


そしてなんとなく「だんけ」にも立ち寄りました。

コレはハズレ馬券を折って作られた鍋敷きです。


  さらになんとなくツマミあげたミニコミ紙の頁であります。

スルメが手に入った時に思い出したら試してみようと、レシピを撮っておきました。


病院へ戻ってしばらくすると、また別の外科医から説明があるというので処置室へ入りました。 その若い 女性の医者は部屋へ入るなり私に対して、どこかで会ったことがあるだろうかと訊ねました。 一瞬戸惑い ましたが、暮れに一度親父さまの検査で担当して貰ったことを思い出しました。 そんな雰囲気の雑談が医者の 口先から出るまでには、親父さまの容態は回復しておったのですね。 どこか象徴的な出来事でした。

そして最後にエコーの検査室までは私も同行して付き添いました。



親父さまは最後の検査が終わった午後4時半頃には、上体を起こしても血圧が下がらないくらいには回復して おりました。 ので、そのまま入院となることもなく、ゆっくりと様子を伺いながら会計その他の手続きを私が すすめ、5時半頃にタクシーで病院を出ました。 横浜の妹に車で迎えに来てもらうことを考えていたのですが、 大丈夫そうだと思ってそのようにしました。

横浜の妹には夕食後に電話で詳しく話すからと伝えてあったのですが、思いのほか疲れていたことに気付いて、 その旨の短いメールを明日電話するからと送って、そのまま休みました。 親父さまは救急車酔いの後遺症 からか、その晩は食べられませんでした。 しかし翌日の昼からは割りとしっかり食べられるようになっており、 お互いに様子を見合いながらも 今のところは元の生活へと戻っております。

付き添う家族としては患者の状態について総合的なやり取りを医者としたいのですが、相手がある分野の担当医 にすぎない場合には とかくストレスが溜まりガチです。 要するにどう受け止めてどうすべきなのかと。  そう心掛けて、今後も毅然と冷静に臨んでゆきたいと思います。
まぁ少なくとも私の精神力が続く限りにおいては(笑

そして、そこのところが危ないと感じ始めたのならば、少しずつ周囲に迷惑をかけてゆくしかないのだろうとも、 腹をくくっておりまする。





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