【散文気分】 - 2013/1/16 Wed 2 -



こんばんは。
前夜に看護師さんからの恫喝を受けまして、親父さまが検査入院からの退院時に貰い忘れた薬を受け取りに、 翌12日は自転車で単身・病院まで出向きました。 前日と同様に快晴でありました。

お遣いのあとに役目を解き放たれてからは、自転車散歩へと転じました。 ちょうど昼時でしたから、以前から 気になっていた藤沢本町の駅前商店街にある甘味処へと入りました。 が、もちろん甘い物が目当てでは ありませぬ。 EBISUの小瓶1本とコップ酒1杯をゆっくりとあおってから、おむすび(おかかと昆布。シャケは これから焼くというので方針変更。たくあん2枚付き。)2個とお味噌汁で昼食としました。 酒類には お通しも 付いていて、お会計は1,260円でありました。

「だんけ」というお店です。 国道467側から商店街に入ってすぐのところ、小さなお店です。 しかしこの地で 既に40年なのだそうです。 お母さんがお一人で営んでいらっしゃいます。 お袋さまと同郷の栃木市内ご出身 であることが判明し、食後に長話してしまいました。 見ているとクリームあんみつの製作がその都度に適当で あるらしく、うわのせフルーツ類が凄かったり、まぁこんなもんでしょ…だったりしますようです。 もちろん そう自己申告されております通りに書いてますだ。ヘイ。








本町白旗交番です。

土蔵を模した造りの交番に気付いて激写となりました。

「だんけ」を出てから商店街の中を自転車を押しながらフラフラと、駅前まで歩いてしまいましたが、遊行寺を 目指しておったことを思い出しました。 待っていた踏み切りを渡らずに左手の坂道を登って大通りへ出て、 改めて遊行寺方面へと向かう途中です。




R467の看板には あとから気付きました。

ココは藤沢橋の手前付近ですな。 神社仏閣への道標にいざなわれました。



そこから覗き込んでみた感じです。

これまた あとから、道路に落ちた間抜けな影が移りこんでおったことに気付きました。

奥の白いビルは藤沢市民病院ですな、 怒られた(汗




その妙善寺境内に植えられていたビワです。
ほのかに花が香っていて存在に気付かされました。




妙善寺の本殿です。

剪定されてまだ勢いを増す前のイチョウが丸裸となり、むしろシンボリックでさえあります。




イチョウの幹は少し変わった成長の仕方をしますようでして、このあとの遊行寺で偶然知ることとなります。




同じ境内に隣接する大明神です。

まさかこの二つの建物を雪化粧したあとに再び撮影することになろうとは。いやはや。




コレも境川の姿なのです。

交通渋滞の情報では しばしば耳にしやすい、藤沢橋の手前付近です。 徒歩ならばこの橋を渡ってから遊行寺 へと参拝します。 駐車場へは脇の方の坂道から入りまする。 そちらは箱根駅伝のコースです。

我が家が藤沢へ越してきた頃から、もうこの辺りではいわゆる”ドブ川”の体裁でした。 こんなに深くて広い のに台風で溢れます。 この先のJR鉄橋を越えると支流の柏尾川が合流して、川幅が一気に広くなります。

近頃ではそんな、昭和40年代半ば以前の藤沢といった、その当時の在りように首を突っ込んでみたい… そんな 衝動に駆られることなどが、なんだか不思議に度重なるようになってまいりました。

鎌倉市であるとか、恐らくは京都市や奈良市などの小中学校でも、そうしたご地域の歴史教育には力を注いで いるのでしょう。 経験的に鎌倉市に対しては それを感じ取っておりました。 高校時代の同級生たちと話して いて感じたに過ぎないのではありますが。




遊行寺の山門だと思っていたのですが、まぁ詳しいことは知りませぬ。 これから学ぶ身でありますので(汗




こうして一遍さんの忌碑もあるのでして。




これで納得ですかな。 やれやれ…




山門をくぐって石畳状の緩い段を上ってゆくと、途中に小さな寺院が二つありまする。 その一つの本殿前に 見つけた謎の仏具(?)であります。

側面からは大きな水瓶とか鉢に見えるのですが、中が掘り抜かれておりません。 ただし うっすらと水が 溜まっておりました。 この日までに昨年末からまとまった降雨がありませんでしたから、意図的に注がれて いるものと察しました。

こんなに偏平足な足跡は 仏様しか思い当たりませぬ。




参道を登り切った正面にはイチョウの大木が出迎えております。 今回は説明書きも網羅してまいりましたので そちらをどうぞ。




きっとイチョウに見られる独特な成長過程がお解かり戴けましたことでせう。

たとえ若いイチョウの街路樹であっても、その根元を見てみると真実味が伝わってまいりますなぁ。 実は かねてから不思議に思っていたのです。 周囲の若芽はどうなるのだらうかと。




実は中側から撮影したものです。 正面側は日当たりが良く、施されている彫刻などが潰れてしまうのでした。

それでも正面と中の違いを比べてみましたが、そう簡単に見つからないので投げてしまいますただ(汗




…なのだそうです。 お解かり戴けましたことでせう。 要するに比較的 新しいものでありました。




放生池でしたか。

外周からざっと見回しておりましたが、放生された生き物たちの姿は見当たりませんでしたなぁ。




お墓そのものは撮影しませんでした。

果たして情報の錯綜なのか、替え玉を駆使した苦渋の策であったのか。




老鐘ですな。 わりに質素な感じです。

戦時中はどのように守られたのでしょうか。




書かれていないので不明なままであります。




ようやく遊行寺の本堂です。

初詣か、年初に応じたお参りと思われる方々が、少ないながらも次々と訪れております。




午後から強い南風が吹き付けておりました。

手水鉢から滴り落ちる水滴もご覧の有様でして・・・




一遍さんであります。

ぱっつんぱっつんでありますが、それは夏場の装束だからなのでしょうか。 この時代の冬がこの姿で過ごせた のだとしたら、地球は寒冷化に向かっていたのではないかと思いまする。 ツマランこと言いました。




田島というのは市内の酒類・卸会社です。 なんとなく子供の頃から見聞きしております。  ということは・・・




ご覧の通りでありました。







そして遊行寺の山から降りてきたなら、まだ午後3時前でした。

三連休の初日でもありましたから、もしも家にいるならばと近くの友人宅に電話してみました。 ちょうど 外出先から戻ったところだと言うので、お茶の一杯でも馳走になろうと出向きました。 決して強引さなどは 滲み出さないように話していたので、それはあくまでも先方の好意なのであります。



手ぶらで邪魔したうえに、おちゃけやおツマミまで振舞われてしまいました。 ので、3歳の息子とガッツリ 遊んで差し上げました。 その友人がもう一人呼び出したので、成り行きで記念(?)に友人の美人妻が私の携帯で 撮影しました。

そしてこの正月に一緒に飲んで、また上海に戻って仕事をしている友人に宛ててメールとともに送りました。  即、楽しそうだなとの返信がありましたが、また一緒に楽しめばよいのです。

”近く”という感覚は、この中では遠方であった私ならでは なのかもしれません。 実は大船でしたので。  日の残るウチにいとまを告げて出た帰り道では、途中で見事に自転車のバッテリーが切れました。 天誅と いった解釈もございましょうけれども、あの強い南風が収まっておりますたなぁ・・・     手土産まで 持たされて(汗












すっかりと工事中を掲げた見切り発進が根付いてしまいました。 もはやお詫びする気力も失せておりまする。  困ったモノですなぁ・・・



at 13.Jan.2013  Katabiragawa in Hoshikawa-Yokohama.



”藤沢市 水辺の鳥調査 2012” の調査期間が1/15で終了しました。
打ち込んだ調査票はExcelシートに整理してあるのですが、市の担当課が提示する提出方法が不便(持ち込み・ Fax・郵送)なので放置してありまする。 担当課の適当なメルアド宛にファイル添付して無理やり送ろうかとも 考えましたが、無駄になりそうな気がしてヤメました。 落雷で昇天した以前のPCならばモデムを搭載して おったのですが。 プリントアウトしてからコンビニFax、または切手貼って郵送などと素直にでけません。  アフォらしくって。 プリンタのインクだって5年前から乾ききっております。 わざわざインクカートリッジ を購入してくるほどの お人よしでもナイのですょ。

画像の説明がまだでした。 帷子川のカルガモとオナガガモの群であります。 13日の夕方に妹宅へ出向いた際に 撮りました。 星川駅を出て橋を渡っていると遠くで”カモおじさん”が活動中であるのが見えました。  藤沢の調査時には未確認で調査対象でもあった”オナガガモ”の姿を見つけ、小走りに携帯を操作しながら カモおじさんの横まで駆けつけたのでした。 おじさんは怪訝な表情を私に向けるので、「藤沢市の調査委員 なのです…」と偽っておきました。 まぁ当たらずとも遠からずかと。 カモおじさんは全部カルガモだと思って いたらしいので少し解説して差し上げますただ。 フレームの少し外側にはマガモもおりましたので。 水面下 では巨大なコイも集まってきておりまする。 少し離れたトコでは”猫おじさん”も活動中でありますたが、 オナガガモに満足していたので そちらはスルーしました。



at 13.Jan.2013  Mame

 

妹んトコのマメちゃんです。 えぇ、豆柴ですわ。 亡くなった義父の犬であります。
この時間帯は集合した親族へ向けて”餃子砲”をお見舞いする前ですな。 恐らくは甥っ子と二人して せっせと ”玉込め”(包み)作業を終了させて、ひと息ついておった頃であるかと。 実際にブっ放したのは7時頃でしたかねぇ…





←Prev→Index→Calendar→Next