【散文気分】 - 2013/1/4 Fri -



こんにちは。
やはりいましたな。 電車内に。 駅伝サポート帰りの学生が数人ほど爆睡しておりました。 そして毎度の ことながらお疲れのようでした。 勝手に好きでやって勝手に疲れているのでしょうから気の毒でもなんでも ありませぬ。 股をがっぱー開いて足を前に投げ出して、3人は座れるであろうスペースを一人でふんぞり返って、 (足りなそうな)頭を窓ガラスにもたれては、がっぱー口あけて気持ち良さそうに寝ております。 ちょうど手に ワンカップを持っておりましたので、心の中で(お疲れさん…)と唱えながら大きな口の中に注ぎ込んでみましたが、 その彼がむせ込んで引っ掛けられてしまいました。 好きで飲んでて酒臭いのは潔しなのですが、こういう酒臭さ は本当に不快なものですね。 ベタベタするし。 仕方なく次の駅で乗り換えて、ティッシュで身を整えました。  勝手な物言いですが、なんだかムカついたので駅伝君には話し掛けずに放置しておりました。 迷惑なお話ですな。  でもしゃあナイですょ。 迷惑を以って迷惑を征する。 たつ鳥あとをにごしまくりの巻ですか。   (ぎゃあ!ぎゃあ! ばさばさばさばさ…)













at 3.Jan.2013  Chougo 〜 Soshigaya 〜 Yamato

 

   

   

 

乗り換え待ちの長後駅ホームでは、近くのビルの上でゴリが うっほ!うっほ!してますただ。 新年早々に騒々しいな ぁと思いつつ激写してやりました。

祖師ヶ谷大蔵で電車を降りてみたら、約束の1時までまだ小一時間ほどありました。 ので、フラフラと商店街 を見ながらゆっくりと歩きました。 街の本屋さんが健在であり、その近くにはTSUTAYAとか他の大型USED店が 建ち並びます。 がんがれ本屋さん。 そんな街の本屋さんの上には”Cafe MURIWUI(ムリウイ)”というライヴ・喫茶 が、屋上の小屋の中にあります。 表でもコーヒーやお酒が飲めますし、ちゃんと日よけなんかもあります。  周囲に高い建物がないのでなかなか良い眺めであります。 ライヴは平日でもしょっちゅうヤってます。  コチラはバーガー類がべらぼうに美味いっす。 ライヴ以外にも様々なワークショップなどを催しているよう です。

待ち合わせの団地カド地に着いたのですが、まだ少しだけ時間があったのでコンビニで小さなスーパードライを 購入して焼き鳥屋さんを覗き込み、「お父さん、もう焼けるの?」と訊いたら大丈夫との回答を得ました。 ので、 鳥皮をタレで、豚タンを塩で2本だけ焼いてもらいました。 無事、引っ越しの残りである重たい冷蔵庫運びが 終わって友人の写真家と帰る道すがら、お父さんご馳走様でしたと挨拶してから、祖師ヶ谷大蔵駅前の串揚げ屋 さんで打ち上げました。

久しぶりで時間もありましたから、写真家と明るいウチに別れてから駅の反対側へと足を延ばしました。  コチラの2階は何屋さんだったかな?忘れましたが、以前は居酒屋さんでした。 そちらの店主の女性に真剣に 交際を申し込んだのですが、いまだに回答を得られておりませぬ。 今は郷里の富山(の山奥)へ里帰り中だと いうことです。 この画像を添付して新年の挨拶メールを飛ばしたら「懐かしいね」と、すぐ返事が着ました。

そしてその下のお好み焼き屋さんに紛れ込んで来ました。 寒かったものでして。 お好みのタレ壷がなんだか ツッパリ風に気合が入っておりましたので、激写となりました。 店内は昭和レトロちっくな内装です。  カウンター以外に奥にはテーブル席もあります。 意外に広いのでした。 上は超・狭かったけど。

大和で途中下車しまして、馴染みのバーへと詣でました。 ちゃんとミケ猫ミィちゃんにも挨拶でけますた。  釣銭が20円のようですから、湘南台までは180円だったのでしょう。 何を思って撮ったのかは もはや不明で ありますが、記憶を亡くした際には後から役に立つモノなのですね。 ところでぇ、祖師ヶ谷大蔵から湘南台まで切符を買って ありましたから、一応改札を出る前に駅員さんに尋ねてみましたが、切符にアル”下車前途無効”の記述を指差し ながら説明してくださいました。 下車前途無効って、そういう意味だったのですな。 みなさん知ってましたか?  もしも間違って買っちゃったら、すぐにその場で払い戻して貰って買い直しましょうね…


結婚する時に一番お世話になった伯母さん(別れた嫁方)が年末に亡くなりました。 昨日、偶然に知りました。  これから支度して練馬まで通夜に出向きます。 そう出来るようになるまでには、ちょっとした仁義を切る 必要などもありましたが、なんとかなりました。 いわゆる団地での孤独死であったようで、判るまでに数日が 経過していたようなのです。 若くしてまだ職にも就かぬ私が結婚出来たのも、その後に愛娘が産まれたのも、 すべてがこの伯母さんの存在に救われたのだと、今でも固くそのように信じております。





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