【散文気分】 - 2012/12/10 Mon -



本文はまたのちほど。   ・・・が、ほどなく頓挫しました。
いわゆる”抜き”という嗜みですな。 鴨南蕎麦の”抜き”をツマミに一杯ヤルみたいな。 ちゃいますたか。  あとがきツマミに飲んでみてから言って欲しいものですなぁ。
へ? アカンかったすか。 そりゃあ失敬しますただ。 カアチャン、中身(蕎麦)追加ぁ〜












毎日新聞 12月9日(日) 16時4分 配信



  <八雲神社> 本殿など全焼… 森高さんの「渡良瀬橋」に歌われ

9日午前3時35分ごろ、栃木県足利市緑町1の八雲神社=桜木宏紀宮司(72)=が燃えているのを通行人が見付け 119番。 木造平屋建て本殿など計約122平方メートルを全焼した。 神社は歌手、森高千里さんのヒット曲 「渡良瀬橋」に登場するとされ、人気の観光スポットだった。  県警足利署によると、神社は普段は無人。 火の気がないことから不審火の可能性もあるとみて調べている。  桜木宮司は「一般の参拝客も大勢参る神社だったのに」と肩を落としていた。


先にあとがきを少々。
おのずと歌詞の情景などを思い浮かべてしまう曲目だけに、いやはや残念でありますなぁ。
カタチあるものはいつか・・・ などと 理屈では解っていても、 やるせないモノですょ。
なんらかの方法で残して欲しいモノであります。

渡良瀬川の思い出などを少々あげますれば、お袋さまの実家へ遊びに行く時に東武電車で渡っておりました。  快速列車で栗橋駅を通過すると間もなく、まず利根川を渡りながら東北本線の鉄橋や遥か遠景に筑波山を 眺めて、それからさらに走り続けるとやがて渡良瀬川を渡りまする。 路線は渡良瀬遊水地をかすめるように して日光・鬼怒川温泉方面へと延びており、そのあとは下車駅の栃木まで大きな河川はありませぬ。

明治時代の足尾銅山・鉱毒事件で田中正造が明治天皇に直訴状を渡そうとして取り押さえられるに至った いきさつなどは、小学生の時には国語の授業でも取り上げられておりました。 お袋さまの実家に私の祖父母と 当時同居していた、ともに高校教師である叔母夫婦の書棚には田中正造全集といった蔵書がズラリ並んでいたのを 記憶しておりまする。

鉱山跡地の山間から渡良瀬川上流部に添って敷かれている、旧国鉄・足尾線は その後に第三セクター・ わたらせ渓谷鐵道となり、トロッコ列車や ”ゆるキャラ”によるPRに精力的なようです。 小学生の頃に訪れた際にはまだまだ はげ山の印象が強く残った 足尾の山々にも、近頃の旅番組などでをその地を見るにつけ、ようやく森が再生してきているようにも感じられます。

土地勘が働かないと意外に思えるのかもしれませんが、足尾と日光は山ひとつ隔てた背中合わせであり、 日光からの帰りなどに足尾方面へ回ればワリとお手軽に楽しめましょうか。



先日に思いつきと、目に付いた(目に余った)クリスマスソングなんぞを貼り付けたりしておりましたが、 その作業中に久々で佐野元春の古い曲などに意識が向いていた影響なども、恐らくはあったのかと想像します。  今朝たまたま振り返っていた曲にいいのをめっけますただ。 YouTubeへのアップロード日付は先週なので、 そのうち消されてしまうのかなぁ… との懸念から、自PCへ音声のみを保存しておきました。 動かない映像 (画像なのか)でしたので。

この曲は彼の3rdアルバム「SOMEDAY」の収録曲であります。 曲順はラストの短い曲でした。 拾ってきたコレ を聴いてみる限りでは あたかも Demo Take か何かのように思えるのですが、いかがな感じでしょう。 小規模 なライブ音源とするにはあまりにも神経質で、スタジオ録音での本番テイクとするには まだ少々荒削りな感じ などが、なんともこころ惹かれてしまいました。

・・・いや失礼、 肝心の コチラ がまだでしたな。

特別な思い入れなどは無いようにも思うのですが、 何かのきっかけで不意に口先を突いて出ることなどが、 もしかしたら数年に一度くらいは あったのかなぁ… と振り返ります。





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