【散文気分】 - 2012/12/08 Fri -



こんにちは。

かなり以前に野田知佑のエッセイで読んだのですが、北海道のヤクザは働き者なのだそうです。 広く知られて いるように、彼らの活動や組織運営のための資金繰りには様々な問題が包括されているケースが、多々あるそう ですが、そんな北海道のヤクザに関した資金繰りの数例をあげてみますと・・・

《その@》
人の立ち入らない摩周湖辺りの秘境チックな湖などで、急峻な崖を昇り降りしては、全長30cm以上にもなる 巨大ザリガニ(ウチダザリガニという)をせっせと養殖し、お祭りや縁日などで珍品商売を展開する。

《そのA》
知床半島の先端方面へと、沿岸部の極めて急峻な崖をへつっては、ヒグマの恐怖と戦いながら、強風に煽られて 奇妙なカタチに変化して成長を遂げたマツなどを掘り起こし、熱心な盆栽マニアなどに高値で販売する。

《そのB》
夜間に小型ジェット舟を北方領海域までブっ飛ばして行っては、せっせとタラバガニを密漁する。  または北の国の漁業従事者や組合などとヤミ取り引きするために、入国者たちへ取り入っては せっせと コネクション作りに励み、その運営権を地元の漁業有力者へ格安で売り渡し、ただし漁期の”あがり”の方 からはもう じゃんじゃんと巻き上げ、そうして築いた基盤を踏み台に、さらなる組織の勢力増長を図ってゆく。

・・・とまぁ〜 ざっとこんな感じでありまして、きっと探せばもっと出てきますでしょうな。

そのやり口の是非については横へ置いておけば、やはり大変に働き者ですな。 すなわち豊かな海と山、 自然が育んだ恵みなどを糧としている構図などが見えてきますから。 よって厳密には北海道のヤグザが 働き者なのは、北海道そのもののおかげなのですだ。

ただし。 コレらはもう20年以上も前の事例なのでして、果たして現在ではどのように変化してきているのかが、 少々気になるところではありますなぁ。


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では、次のお話です。

私は横浜があまり好きではありませぬ。
問題点を明確にするうえにおいて、あいまいな事柄などがその原因究明の障害となってしまったり、解決への遠回り となってしまうような状況を懸念して、あえて言い直しさせて戴くのならば、私は横浜が大っ嫌い!です。 と、 しておいてくださっても 何ら差し支えはございませんのですょ。

それは横浜に根ざした境遇の人々や横浜に在住の方々などへと、直接向けられる種類の感情ではありません。  現に私の妹は横浜の保土ヶ谷に嫁いでおりますし、その親戚縁者の多くが横浜在住でもありまする。 そして そのコト自体が親戚づき合いの障壁となっているような事実などは、一切無いモノと自覚しております。

横浜の名物にも幼き頃から愛着のあるものがありまする。 たとえばベタな例をあげますれば、 崎陽軒のシウマイ。 コレをレンジで決して チンなどはせずに、それ台無しっ! ・・・失礼。 常温のままに戴くのが大好きです。 姉妹品のシウマイ 弁当もしかり。 このお弁当の思い出は あげだしたらキリがありませぬ。 その企業色的なお話を持ち出し ましても、古い物の良い部分を継承しつつ、常に色々と時代に根ざした新商品の研究・開発に余念が ありませんようですな。 なかなかに好ましい事例ではないかと思います。

横浜に由来する名所・旧跡の類も個々においては大好きなのです。 特に江戸末期から明治にかけてのその 豊富さなどには感慨深いモノがありますな。 昭和の世になって以降にも様々な新しい文化の片鱗などを、 常に予感させ続けて今に至る。 ちょっと急ぎ足気味になってしましたが、そんなのも好きなんすょ。ヘイ。

横浜をイメージしたヒット曲や名曲、歌い伝えられた古い唱歌なども豊富ですな。 赤い靴なんて、その解釈を 言わせて笑いを取るといった、デフォルメ談義の花としては第一線に君臨している名曲でもあります。  そして多くの湘南を歌った楽曲が豊富ではありますが、やはり サザンのヒット曲(約5.0MB) なども外せませんでしょう。

あとは・・・ 個人的な思い出、などでしょうか。 まずは悪い思い出についてたどってみますれば。 やはり 野毛山動物園にて小便を漏らしたコトにつきますでしょうか。 ただしコレは伝聞として、物心ついてから後に 両親から教えられたことなんであり、自らの痛恨としては記憶の中に位置づけられてなどはおりません。

小学4年生の春の遠足は、社会科見学の要素を大きく取り上げた横浜なのでした。 中央郵便局や神奈川県庁 などを見学して、県庁の屋上からは当時まだ建設中であった横浜スタジアムを眺めたりした記憶が残って おります。 その帰りの観光バスの中では流行り歌の大合唱となり、マイクの争奪戦が繰り広げられますただな。

最近では怪しい探検隊・神奈川遠征の攻撃地点が横浜橋商店街などに、数度に渡って定められた経緯なども あり、昼間っから ぐだぐだと飲み歩いたモノでした。 その時の模様などはコチラでも写真でルポしたことが ありまする。

あとは、   ・・・特に思い当たりませんな。 以前に交際相手が横浜にまつわる色々な良い思い出のこと を私に語ったり、実際にその思い出の場所へ二人で一緒に出向いてみたりもしました。 そしてなかなかいい ものだなぁと素直に感じていたりもしてたのですょ。 もはやそれ自体が既に懐かしい思い出であったりも しますがねぇ・・・

さて、どうしますか。
どうも横浜について嫌いな物事が出てきませんな。 このままでは私の横浜嫌いはまさしく絵に描いたモチの ようになってしまい、話題が頓挫してしまいますょ。 かと言って強引なこじつけと詭弁を駆使して収束させ ようなどとは、もっての外の沙汰でありますな。 そんな時は言葉による表現から少し離れてみるのも一考 なのかもしれませぬぞ。 では。

  →  Experimential Drawing.

いかがでしたか? 何とかコレでお解かり戴けますでしょうか。
私はつくづく横浜が嫌いなのだなぁ… と、 再認識するに甘んじた結果となりましたわぃ。


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では、話題を変えますね。

今夜は親父さまが夕飯を その、少なくともいつもの夕飯の時間帯には食べられませんでした。 その理由は、 なんのことはない 昼を食い過ぎたからです。 私が昼食の準備などします時には、こんなの親父さまは好まない よなぁ…と、予想されるモノをバタバタとやらかしている時などには、特に分量を二人分としたりは致しません のです。 残っちゃったらもったいないし。 あとでまた同じの食べるのも何だかなぁ。 かといって無理して 平らげれば私が夕食要らなくなりますでしょ。 意外に難儀する問題なのですょ。

なんだかんだで親父さまも腹減りゃあ、自ら洞窟の奥深くからのこのこと起き出してきて、ガチャガチャと やらかして食べてます。 まぁ普通に茹でるだけとか、炒めるだけ系統の麺類やご飯ものであれば、大抵の 場合は決して多くは必要のない親父さまの分量も考えてジタバタ台所でやらかしているワケなのですょ。

で、お話を今日のお昼に戻しますが、親父さまが食い過ぎたのは、親父さまが腹へってたからなのです。  そんなことを洞窟の奥深くの方から言い渡されてしまったならば、そりゃあいつもよりも少し多めに差し出し ますでしょ。 むしろ近頃では珍しい出来事だったので、作り手としましても何となく張り切りましたから。

え〜っと、パスタだったのですわ。 親父さまにとっては、どちらかといえばあまり積極的には所望しない 類の昼食メニューですな。 なので最初はごそごそと密かにヤリ初めておりました。 ほいでニンニク潰したり 炒め始めたりして 香り立たせておりましたらば、洞窟の奥深くの方から呼び声がするのですよ。 ついでに 頼むよと。 あぁ、大丈夫。 この間はそこそこに好評だった さば缶使ったスパゲッティーだけど。  そう伝えると、まんざらでもない反応だったりするのですな。 ならばグレードアップしたりしちゃいます でしょ。 近頃では油がめっきり受け付けないので、その辺のコトなどの意識は自分中心的な台所であっても、 建て直しが利くようになっております。 私の方もそういった嗜好を合わせられるもので工夫してきておった のです、それなりには。

従来どおりの欲求に従ってヤっておったのならば、さば缶はツナやベーコンであったでしょうし、牛乳は 生クリームであったのでしょうか。 そしてベースに手軽な固形ブイヨンなども使うのでしょう。 パスタに からめ易いソースを意識して、きっと仕上がりは見た目にもコクがあるかのように工夫しつつ拘るのでしょうな。  当然ながら食感の方もまた然りです。

使ったのはニンニクひとかけ、ほうれん草、切り残してあったタマネギ半玉弱、さば缶丸ごと、そして冷蔵庫の 中で賞味期限を約2週間ほど経過しておった牛乳を掘り起こして適量ほど。でも気持ちどっぽりと。 そこへ ピザチーズを二つまみほど。 具材を炒めたりするのにはオリーブオイルをやや少なめに使いました。  ブイヨンだのコンソメは使わずに、塩っ気が足りないようなら最後に調整する程度にしました。 ほうれん草 はパスタを茹でる鍋の湯にサッと湯がいて取り置いておきました。最後に和える要領で。 最初にニンニクを 炒めたフライパンにタマネギと さば缶をドっと投入して、あとは牛乳で”ごった煮状態”にしてパスタの茹で 上がりを待ちますな。 味見してから少しだけ塩ふってあったフライパンのソースに、アルデンテなどは 通り越し気味て茹で上がったパスタを投入してかき混ぜます。 そして皿に盛り付ける時には先にパスタだけを トングで引っ掴んで盛り、後から さばとほうれん草をのっけて、その上からフライパンに残ったソースを回し かけます。 上品に食すとほうれん草にはソースが回っておりませんので、まずは 自分の好みでかき混ぜて から取り掛かるべきでしょうか。 その辺のアドヴァイスにも気を配りつつ、いつもよりもやや多めに親父さま へは提供しておりました。

で、二人してそれぞれに別々の陣地で、なれども隣同士の空間に別れて食し始めてみたならば。 いや、コレが なかなかなのですょ。 私自らの欲求と親父さまの嗜好をほぼ同時に満たしたかのような、こういった完成品 にはあまり出くわす機会に恵まれておりませんのです。 洞窟の奥深くの方からは、あたかも うどん蕎麦を すすり込むようなズルっ!ズルズルーっ!と、実食開始の合図があがりましたあとに、「美味いなぁ」との 賛辞がボソッと返ってまいりました。 私も「こりゃいいんでないかい」と相槌を打ちました。

正直に申しますと微妙に物足りないワケでして、これならもっと量を食えたなというのが食後の感想です。  すなわち、私にしてみればその分量で満足感を得るには コクがいまいちおとなしいのでしょうな。 なれども 炭水化物の過剰な摂取は避けねばならぬ境遇にもあるのでして、他のコトで気を紛らそうと。 そりゃ一体 なんだ?と。 ワカランけれど、食い終わって間髪入れずに せっせと後片付けを済ませて、改めてゆっくりと 煙草でも吸って、みかん1コ食えば 紛れるんでないかと。 まぁ実際にその通りなのですわ。

そのようにして親父さまは一度では食いきれずに 少しだけオヤツに残して、結果は平らげておりましたが夕飯 には脱落した、そんな事情なのでした。 けれども自らの食欲に応じて私に要求してくるコト自体が少なく なってきていたことなどもありまして、その感触としては決して悪くはないのでした。 それともしも夜中に 腹減れば何か食って、きっと明日の朝には流しに食器が重ねてあるのかなと思います。 夕べのおでんの残りが 今夜もそれに増強したカタチで立て直ししてあり、夕食時に私が食した後も まだ存分に残っておりますので。

こんなのが普通の休日であったならば好ましいのになぁ… と感じました。
 












朝から書き始めては、「本日、散文・特売日につき、まだまだ書き足すコトになると思います」
…などと言いつつ、 少し間隔を置いてはまた書き足して、 気ままに書き殴っておりました。
タイトルも当初の「いまだ増殖傾向にあり」から、『もはや増殖は沈静化』へと改訂しました。

特に何もない土曜日でしたが、 まぁ悪くはないと振り返ります。 昼間に強く吹いていた南風も止んで、夜更け とともに予報どおり冷えてまいりましたが、明日の朝はさらに厳しい冷え込みのようですなぁ。





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