【散文気分】 ─ 二○十二年十二月七日(金) ─


 こんな夢を見た。公園のような、広い更地のような、郊外にある牧場のような、私の目の前にはそのように 見通しのよい広い草はらの中を通じる細い道がある。舗装はされていたがそろそろ補修工事が必要な状態にも 思えた。路肩は地面の土が露出していて草が生えていたり小さな水溜りがところどころにあった。まるで郊外の 住宅地であるかのように、街中のような風情で通行人が見られた。自転車で通行する人たちもいた。その前後に 幼い子供を乗せて走行する若い母親もいた。その細い道を左の方へ少しいくと、同じような細い道に交差して いる。そしてそこで途切れていた。要するにT字路になっているのだ。見ていると大抵の人たちはそのT字路を 曲がると向こうの方へ移動していった。そして逆の方から移動してくる人たちもT字路を直角に曲がって私の目 の前の道を通行していった。私の背後の方向からT字路へ進んでくる人たちもいたがそれは少いように 感じられた。

 前後に子供を乗せて走っていたさっきの若い母親がそのT字路手前で停止した。どうやら曲がり切れないと判断 したのか、安全に通り抜けるために用心していたのだろう。前後に子供を乗せたまま自転車を押して歩いてT字路 を曲がると、再び自転車に跨って向こうの方へと漕ぎ去っていった。ふいに私はそのT字路が気になり、自分の 自転車を漕いでそこへ向かってみた。T字路の少し手前で速度を落としたが特に支障は感じられなかったので そのままT字路を右手に曲がって走り続けた。

 途中で小さな川原へ出た。そこでは青空教室を見かけた。野外に小振りな黒板だけを設置してあり、眼鏡を かけた小柄でがっしりとした体型の数学教師が教鞭をとっていた。受講生は決して多くはなかったが十名前後は いたようであった。講義はある微分方程式についての解説のようであり、数学教師が例題を解いて見せてから やがて別の課題を黒板に書き記し、受講生たちに解いておくように指示を出してからどこかへ立ち去って しまった。私は自転車を止めてサドルに跨ったままそんな光景を眺めていたが、課題の微分方程式の解き方が 分かった段階で再び自転車を漕ぎ始めた。一体どこへ向かおうとしているのかはちょっと検討がつかなかった。

 広い草はらの中を走行していた記憶はあまり残ってはいない。気が付くとビルの乱立する都会の街中にいた。 大きな交差点の角にはガソリンスタンドが面しており、そのはす向かい側の角にはコンビニがあった。 緑色を基調としたその看板には暗い曇り空のためか既に電灯が灯されていた。店内へ入ると私の他には客の姿は 見られなかった。店員の姿も無かった。雑誌や少量の書籍が窓際の書棚に陳列してあり、その横に低い冷凍庫 が設置されていた。横スライド式のガラス戸越しに中のアイスを私はしばらく眺めていたが、やがてその中の アイスバーを購入しようと決めて背後を振り返ったが、相変わらず店員が見当たらなかった。仕方なく アイスバーに手を伸ばすことはあとにして、店員が現れるのを、大きな窓越しに外を眺めながら待っていた。 すると辺りは激しい夕立となってきた。信号の横断歩道を渡って向かい側からこちらの方へと傘を持たない 女性が小走りに向かってきた。彼女はこのコンビニの制服を着ていた。そのまま店内へ入ろうとして一度立ち 止まると入り口の自動ドアが開いた。彼女はその少し脇に立ったまま雨で濡れた髪や制服の肩などを手で はらっていた。やがて店内へ入ってくると、ほぼ同時に奥の通用扉が開いてもう一人別の女性店員が現れた。 彼女らは急な夕立の話題に夢中になっていた。

 そのような光景を見るとも無く、私は売り物の雑誌を眺めながら彼女らの会話に聞き入っていたが、やがて一人 の店員が雨で濡れた入り口付近のモップがけを始めた。そんな頃合に私は雑誌を書棚へ戻し、再び冷凍庫に向き 直ってアイスバーを一本取り出し、レジへと向かっていた。カウンター上にそれを差し出すと、背後から悲鳴が あがった。入り口付近をモップがけしていた店員だった。大きなクモがいると叫んでいた。私の会計を取り扱い ながらも、目の前の店員は手短に二言くらい何かを小声で、クモに叫ぶ店員に向かって言っていたが内容は 聞き取れなかった。

 会計が済むとカウンターから店員が出てきて入り口の方へ向かった。それに私も追随するような形で入り口の 方へ向かっていた。そして改めて三人で大きなクモを眺めてみた。手足の長さよりも胴体の大きさが際立つ黒いクモであった。 モップがけをしていた店員が私に向かって何とかしてくれないかと懇願した。もう一人の店員はそれを聞いて 制止したが、私は快く引き受けた。床にしゃがんで顔を近付けてよく見てみると、動きは素早くはなかったし、 むしろのろまに見えた。少しためらったがそのままクモをしっかりと手で掴んで、潰さないように軽くこぶしを 握ってクモが逃げないようにした。二人の店員は遠巻きに私のこぶしを眺めていた。そして私はそのまま外へ 持ち出そうとしたが、急に手のひらに激痛を感じて手を振り払い、そのクモを再び床に落としてしまった。

 私はすぐに自分の手のひらを見てみたが特に異常は認められなかった。気が付くと一人の店員も心配そうに 私の手のひらを見つめていた。もう一人の店員はクモの方へ注意をはらっていた。そして私ともう一人の店員もクモの方へと 向き直って見てみたが、驚いたことにそのクモには人の顔が付いていた。胴体の上にその胴体よりも倍くらいの 大きさの、かなり高齢と思われる老人男性の顔があった。薄い白髪の毛髪で長いあごひげを蓄えていた。長い 白髪の眉毛は八の字に顔の両脇へと垂れ下がっていた。全体的に浅黒い肌にはたくさんの深いしわが刻まれて いて、細長く優しい印象の両目はそのしわの最も際立った部分であるかのようだった。そして能や古典伝統芸能 で使用される翁の面を連想した。

 彼は床に伏せてはいなかった。相変わらず手足と胴体は黒いクモのままであったが、まるであぐらをかいて しゃがんでいるような姿勢で、いつの間にか細長い棒のような物を持っていた。そしてあぐらをかいた足の間 から両手でしっかりと掴んだ棒を床に繰り返し繰り返し突き刺し始めた。見ていると細長い棒はどんどんと床 を突き進んでいるようだった。ある時点で棒が床下を突き抜けたかのような感触が伝わってくると、彼は自らの 糸を指先から出し始め、そして棒を引き抜かずにその隙間に糸を垂らして送り込んでいった。まるで釣りをして いるかのように、たまに糸をしゃくり上げたりもした。そして何かの手がかりを感じたのか彼は再び糸を巻き 戻し始めた。一体何が上がってくるのかが気になったが、やがて彼が叫んだ。どうやら棒を突いて開けた穴が 小さいために釣り上がりかけていたその何かが、床に引っ掛かって下へ落ちてしまったようだった。彼はまた 少しだけ移動すると再びあぐらをかいて座り、同じように細い棒で床を突いて穴を開け、自分の出す糸を垂らし 込んでいた。しかし何度やっても、床の下で何かが何度糸にかかっても、必ず穴のところで引っ掛かって下に 落ちてしまっていた。その度に彼は叫び声をあげて残念がったが、いつまでも同じ作業を少しずつ移動しては 繰り返し、決して止めようとはしなかった。そして私はふいに気付かされた。床の下で彼の垂らす糸を掴んでは 何度も下に落ちていたのは、亡者たちなのだと直感的に解ったのだ。そして以前にどこかでそんな話を聞いて いたのだという記憶がよみがえってきていた。

 先ほどの夕立はすっかりと上がっていたが空にはまだ雲が広がっていた。しかしところどころの雲の切れ間から は青空が見通せており、西の空から晴れ間が迫ってきているようであった。そして夕焼けの訪れをを予感させた。 相変わらずゆっくり自転車を漕ぎ進めていると、学校のような白い壁の横に長い四階建ての建物の前に出た。 一階の端のほうにはトラックを付けられる荷捌き場のような空間があり、シャッターが開いていた。そこの前に さしかかると私は自転車を止めて中を覗き込んでみた。二十匹前後の猫の集団が少しの間隔を空けて二つ出来て いた。私は自転車を置いてポケットから携帯電話を取り出しながらゆっくりと猫の集団に近寄っていった。そして 立ち止まりカメラ機能を呼び出して、二つの大きな集団の遠景を何枚か撮影した。携帯電話を開いたまま右手の 集団の方へゆっくりと近付いてみたが、猫たちは特に私に注意をはらう様子も見られなかった。みな気まま に好き勝手なことをしているかのようだった。その集団の端にいた一匹の猫が私の方へゆっくりと近寄ってきた。 茶トラのその猫は私の目の前まで近付くと小声でひと声鳴いてみせた。私はその猫の前にしゃがみ込んで頭を なでてみた。左手で耳の裏あたりを軽く掻いてやるとゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らした。私は右手に 持って開いたままの携帯電話を片手で操作して再びカメラ機能を呼び出していたが、その後方を人が通行する 気配を感じてそちらの方に振り返ってみた。二人出れの男が談笑か仕事の話をしながら歩いていた。ひとりは 電気工事の作業員風であり、作業用の上着を着ていた。もう一人はグレーのスーツ姿であった。二人は荷捌き場 の前にさしかかるとこちらに向かって歩いてきた。そして私や猫の集団に捉われる様子も気遣うこともなく、 荷捌き場の中の設備などを指差しながらよく通る声で盛んに話し合っていた。すると外側から大勢の人たちが 次々に荷捌き場へと入ってきた。男女様々な年齢層の人たちが各人各様にそれぞれ数人で会話をしながら、 どんどんと荷捌き場へ入ってきて、周囲にはそのざわざわとした声が反響していた。二つの猫の集団はそうした 様子を嫌ってなのか、段々と他の場所へ移動し始めていた。私の撫でている猫だけは相変わらず喉を鳴らし ながら、時々私の指の関節に自ら頬を擦り付けたりもしつつ、そこに留まっていた。そのようにしていながらも 私は急に面白くなくなり、そんな荷捌き場の喧騒の中でひとり憮然としていた。もはや手に持っていた携帯電話 を猫に向ける気持ちも萎えていた。

 そのような出来事などをベッドの中でくるまったまま反すうしていると、やがて地震があった。少しだけ物音 がしたようにも感じられたが、小さな地震ですぐに収まった。目を開いて窓の方を見たがまだ真っ暗であった。しかし夜明けが近い ことが感じられた。意識はまだぼんやりとしていたが、先ほどまでの出来事をそのまま、たまに寝返りを打ち ながら振り返っていた。そうするうちに段々と覚醒が進んできて、起き上がって着替えようかと迷っていた。やがて 分厚い遮光カーテンの隙間から薄い明るみが射してきた。少し寒さを感じたが意を決めてベッドから起き上がり、 そしてすぐに着替えた。自室東側の雨戸を空けて空を見た。まだ朝日が昇ってくるのには少し時間がかかるよう だった。よく晴れた色濃くて青い空だったが、下の方から少しずつオレンジ色の明るみが増してきていた。窓を 閉めてから二階の自室を出て階下の台所へいき、戸棚からカップを取り出してインスタントコーヒーを薄めに入れた。 再び二階へと上がり、南側の部屋で煙草に火を点けて口にくわえ、それから外のテラスに出た。外はよく冷えていて 思わず両手でカップを握り締めていた。殆んど南中していた完成間近の半月がぽっかり浮かんでいた。そして 明日のこの時間には少し出来過ぎた半月へ変化しているのだろうかと想像した。ぴったり半分な様子を見る機会は きっと逃してしまうのだろう。

 自宅の真向かいにある、近くの大きな工場の独身寮では、玄関先の松の木にクリスマスの電飾が点滅を繰り返したままであった。 真新しい朝の光に押され気味でもはや弱々しい点滅に感じられた。それはちょっと無理をしてしまったホタルの群れが潜んでいるかの様にも 思えて可笑しくなった。そんな光景を眺めながらコーヒーをすすり、たまに煙草の灰を屋根の上に落としていた が、そのうち坂道の上の方から両手をポケットに突っ込んで頭にフードを被った青年が下ってきた。やがて彼は寮の入り口へと入ってスロープを上がり、玄関先の松の木 の前を通り過ぎて寮内へと消えていった。そしてクリスマス飾りの恩恵は夜勤明けの寮生たちにも向けられて いたのだと気付いた。

 自室から携帯電話を取ってきてから再びテラスへ出て、鉄塔に渡された十四弦ギターの隙間に浮かぶ、完成間近の 半月を撮影した。ついでに朝日の立ち昇る色を背景に殺風景な鉄塔も撮ってみた。そんなことをしたのは初めて ではないかと考えてみた。きっと昨日の朝から昼頃まで吹いた強い南風の印象のせいなのだろうなと思った。 強風の続く間には鉄塔と送電線が、ずっと不気味な唸りを上げていたのだ。それは、不運な場合には強風に 煽られて倒壊したり切断されてしまうのではないかと、強風の吹き荒れる度に私にそのような連想を思い起こさせた。

 それから部屋へと戻りながら、出勤前のメル友に宛てて何か言おうと思案した。今朝はとても冷え込んでいた ので、そんな感じの話題になるのだろうと予測した。昨夜に夕食の支度をしているとメル友からただ寒いとだけ、手短な内容のメールが届いた。そのような交信を五、六回ほど交わして、やがて彼女からの返信が 止まると再び夕食の準備に戻っていたのだった。やはり今朝は冷え込んでいることを彼女に忠告してあげねばならないな と確信した。彼女の仕事では接客や取引先への応対などの対外的な人との接触もあるので、それらに常に応じられるような装いでいるようであった。 恐らくはパンプスか低めのヒールの靴にナチュラルな色合いのストッキングなどを合わせた容姿なのだろう と想像していた。出掛ける前に使い捨てカイロをいくつか用意して、あらかじめ先に穿いていたストッキングの 上からさらに厚手の黒いタイツなどを重ね穿きするなどしておいてから、職場へ出向いた方が良いだろうと忠告してあげよう。もしかしたら ふくらはぎ辺りに近付いてよく見ると、光の加減などで干渉縞がもやもやと浮き出てしまうのかもしれないが、通勤電車の 中でそのようなことに注意を引かれる人など、そう多くはいないのだろうと思い直した。そんな風にメールする内容のことを 考えていたのだが、コーヒーをもう一杯入れ直してから自室へと戻り、パソコンの電源を入れて立ち上げてから、 忘れないようにとすぐに、さっき見た夢の話をタイプし始めていた。そうして、気が付いた時には彼女の出勤時間帯をとっくに 過ぎていた。

 それが、この日の朝の出来事だ。



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「花は咲く」プロジェクト

           

作詞した岩井俊二氏はこの詩を、不幸にして昨年の津波で亡くなられた方々の残された想いなのだとご想像 なさって、そうして書き上げられたのだと、不意打ち的に他サイトで ついつい読んでしまいまして、もはや 堪らずに涙が止まらなくなってしまいますただ。

無駄にティッシュとか使わせないで欲しいかなと、心底思いますょ。


                          at 7.Dec.2012  view from my home terrace.


珍しく本文にも関連のある画像などを掲載してみますた。 ツマラン画像ではありますが。