【散文気分】 - 2012/12/03 Mon -



今宵はまず画像から入ったりもします。



at 3.Dec.2012  South-Fujisawa


不意に見慣れぬ電柱看板に気付きました。 こんなのがあったのかと。
ここは鵠沼と言えば通じますでしょうか。 ”くげぬま”と読みます。 鵠… などといった漢字を使う機会 などは、同・藤沢市内から、出払っておった月日を除いた約25年間在住の私でありましても、ここ鵠沼を称する 時くらいしか思い当たりません。 やはり鳥類に関連した漢字なのでしょうか。 どうやら脱線し掛って おりますようなので先を続けます。

しかし、そのように続けてしまいますと いささかアツい展開などが予想されます。 ので、ここはワン・ クッション入れておきましょう。 みなさまもよくお馴染みの曲目について。

昨日、日曜日の朝は「アルハンブラの思い出」について書き始めておりました。 そして敢え無く脱線して酷い 文章が出来上がりました。 それは本文のことでして、仕方なく”あとがき”にて挽回を試みたのですが、 そのためにあと書いた文章が気の毒になり、何とか思い直してPending扱いにしておきました。 この日は珍しく 目次のタイトルが先に決まっておりまして、それは『アルハンブラの苦い思い出』となる予定なのでした。  その本文はお蔵入りと決定しましたが、あとがきだけはサルベージして残すことに、いま決めました。




YouTubeで検索してみたら何人かの有名どころの演奏も含めてずらりと結果に表示されましたので、かいつまんで 聴き比べておりました。 映像に日本語のコメントが多く寄せられているのは、やはり村治佳織さんでしょうか。  人気ですねぇ。 しっとりとした女性ならではの演奏だと思います。 かと思えば古い映像でコミカルな ピアノ奏者とのやり取りを経てから、きちんとしたギター演奏に入るようなモノもありました。

そしてコチラに引っ張ってきたイエペスさんのお名前には、なんとなく記憶がありました。 年少の頃から 青年期にかけて触れ親しんだクラシック名曲集のレコードなどが その、我が家にも例外なくありまして、 その中には器楽、弦楽の名曲のみを集めたLPも1枚含まれておりました。 恐らくはその、ライナーノーツの 中で読んだのだと思います。 「禁じられた遊び」では同名の映画の話題などにも触れられていて、その曲調に 見劣りすることもなく、なかなかに情緒的な解説の文章であったかと記憶しております。

振り返ればそんなお客さんが古本屋の頃にも、たまにご来店されておりました。 「あの、誰の演奏でもいいので、 ”アルハンブラの思い出”が入ったCDってありませんか?」などという具合にです。 そして決して多くはない 在庫のCD棚をお客さんと一緒になって探してみたりします。

その時は運よく見つかったので よく見てみると、クロード・チアリのベスト版だったのですが、2枚組みで 中古にも関わらず、思いっきり張った値札が貼り付いておりました。 自らの思いつきに乗じてお手軽に入手 して、気楽に聴けたらいいなというのが、そのお客さんの魂胆であったのでしょうから、ちょっと期待ハズレで ありましょうか。

店としては所詮、ナイ袖は振れないのですから、もはや商売っ気など度外視で、その場の思いつきで勧めて みたのが、少し大き目の百均ショップ(当時はまだ仙川駅付近に大小3店舗もあった)には名曲や定番の クラシックCDが置いてありますから、その中から器楽、弦楽の曲目を集めたモノを探してみる価値はあるかも しれませんよ?と。 しかも1枚105円ですし!と。 その時は 苦し紛れにしては なかなかの代案だと 思いました。

軽い愛想笑いで お茶をにごすように そのまま店を出ると、そのお客さんは萎えた背中を丸めて 駅とは反対の 方向へと 歩き去っていかれました。 どうもご期待に添えられませんで、エラぃすんません。

・・・とまぁ、 そのようなアルハンブラの苦い思い出などもありました。

といった風に、出来れば初めっから本文の方でサラサラと書きたかったのだな、うむ。   (-”─;)…



あ、どうも。 ただいま戻りました。
そうそう、鵠沼でしたか。 先の電柱看板は東日本大震災のあとで備え付けられたモノであることは間違え ないのでしょう。 H 24.3 との記載にも後から気付きました。 海辺とその延長たる地域に住まう身なので あれば、誰もが意識する事柄だとも思います。

天候は寒空でしたが、今日は穏やかな川と海でした。 しかしひと度 台風が訪れれば川は氾濫の危機に、そして 海辺では高潮の危険に苛まれますことでしょう。 それはほぼ毎年のように繰り返し訪れる自然の驚異でも あります。

すなわち、川とは氾濫するものであり、海とはあふれ出すものでもあるわけなのですね。
太古の昔から不変的にそうなのです。 それは人類に蓄積されてきた英知をもってして立ち向かおうと、 きっと変わりようの無い事柄なのですね。 さらにそれは、残念ながら我々には想定出来ぬ領域といったことが、 どのような場合にも可能性として残ってしまうからなのでしょうか。

何メートルなら大丈夫などといった物言いが、果たしてどの地域に対して言えるのでしょうか。 逆に数百 メートル単位の津波を想定するのは浅はかなことなのでしょうか。 一体誰がそれを”無いもの”として言い 切れるのでしょうか。

念のためにもう一度繰り返しますが、川とは氾濫するものであり、海とはあふれ出すものであるわけなのです。  違いますか? このことに異を唱えられるものなのでしょうか。 そして、このことだけが普遍的な事実と なり得ることなのだと、私は確信に近い思いを持つことが出来ます。

私は他人に対して、川の近くに住むな、海の近くに住まうべきではない、などと言いたいのでは決してありません。  そのようなことを私ごときに言われて考え直さねばならないなどとは、到底 思えないこと。 そしてそれは、 誰もが自由であるということへの尊重でもあります。 法的にその地域へ住まうことが制限されるような場合も あるでしょう。 しかしそれは、あくまでも法的な尺度での物言いに過ぎません。 自由とはそのような 不自由なものではないはずなのです。 そして自由とはそれゆえに自己責任が問われる生き方なのだと言える のではないのでしょうか。

たとえどのような地域の行政が、どんなに優れたものであったとして、それをもって自由というものが 損なわれてしまうことには共感し兼ねます。 なのでその責任の全てを行政に負わせようなどとも思いません。  この社会は、少なくとも現代・日本の社会は、どうやらそうではないように感じられもします。 この現代 ならではの感覚なのでしょうか。 少なくとも太古の昔から変わらぬ感覚であり続けてきたのだとは、いえ、 全くもって思えません。

私は、好きなところで好きな生き方をして、そして万歳とか、納得と叫んで死んでゆくことには賛同できます。  けれども、ここは大丈夫だろうと言ったじゃないかと、どこかの誰かに不平や不満を残して死ぬような生き方 にだけは、陥りたくはないものだとも、思っております。

ここまで随分と酷な物言いで書き連ねてきてしまいました。 そう自覚しております。
それは先人たちの経験と、そこから後に生きる者たちが得た教訓を、いま、ないがしろにしようとしているかの ような危機感がそうさせているのであって、もちろん、何事も起こらなければ馬鹿者扱いされて、その他の全て の人たちはみなハッピーなのです。

もはや銃を突きつけて「逃げろ」とでも言わねば、本気で人は逃げない社会において、危機管理とは本当に 難しい命題なのだと考えさせられた、そんな電柱看板でありました。

そして最後に。 結局アツくなってしまいました。 不本意ではありますが、それは命が掛かったお話なので、 仕方が無いのだと思い直すことにします。












今日のあとがきはお休みにします。 あらかじめご了承ください。

それは昨日のあとがきを本文へ転用しましたことなども作用していると思います。
実は今日、たくさんの写真を撮り溜めて自宅へと凱旋帰宅しました。
鵠沼の電柱の写真もその中の一枚だったのですが、少なくとも私にとっては不思議とメッセージ色を醸し出す 写真でもありまして、先行して本文へと抜擢した次第なのであります。
はっはっは。 ”抜擢”とか、そんな大袈裟な!(笑

いえ。 本文に画像を掲載するのは、間違い無くレア・ケースなのだと思います…





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