【散文気分】 ─ 二○十二年十一月二十五日(日) ─


   最後の授業

 その日の朝、僕は学校に行くのがひどく遅くなってしまい、それにアメル先生が僕らに、次は分詞について質問 すると言っていたのだ。まだ一言も覚えていなかっただけに、叱られるのがすごく怖かった。いっそのこと 授業をさぼって、野原を駆け回ってやろうかという考えが頭をかすめた。

 すごく暖かくて良い天気だった。森の外れではツグミが鳴き、リペールの野原では製材所の向こうでプロシア兵 たちが教練をしているのが聞こえてきた。どれもこれも分詞の規則よりはずっと面白そうなことばかりだった。 だが僕は誘惑に打ち勝つことが出来て、そして大急ぎで学校に走って行った。役場の前を通りかかると金網を張った 小さな掲示板のそばに大勢の人たちが立ち止まっているのが見えた。二年このかた敗戦だの、徴兵だの、占領軍司令部 からの命令だの、悪いニュースは全部そこから出て来るのだった。僕は立ち止まらずに考えた。

「今度は何かな?」

そして僕が走って広場を横切ろうとした時、見習いの小僧さんを連れて掲示を読んでいた鍛冶屋のヴァシュテル親方が 僕に向かってこう叫んだ。

「そんなに急がなくてもいいぞ坊主。学校なんていつ行っても遅れはしないからな。」

僕はからかわれているのだと思った。ようやくはあはあと息を切らせながら、アメル先生の小さな学校の中庭に入って行った。 普段だと授業の始まる直前は大騒ぎで、勉強机のふたを開けたり閉めたりする音や、よく覚えるために耳をふさいで、 みんなが一緒にその日の授業を大声で練習するのや、先生が大きな定規で机をひっぱたいて、「ちょっと静かに。」 と怒鳴るのが道まで聞こえて来るのだった。

 僕はその騒ぎを利用してこっそりと席にもぐり込むつもりだった。ところが丁度その日は、まるで日曜の朝 みたいに全てがひっそりとしていた。開いた窓からは仲間たちがもうきちんと席に並び、アメル先生が恐ろしい 鉄の定規を小脇に抱えて行ったり来たりしているのが見えた。扉を開けて、それ程にしんと静かな教室の真ん中に 入って行かなければならなかったのだ。僕がどんなに赤くなり、びくついていたかが解るだろうか。ところが そうじゃなかった。アメル先生は怒りもせずに僕を見て、そしてとても優しく言った。

「さあ、早く席に着きなさいフランツ君。君はいないけれどもそろそろ始めようとしていたんだ。」

僕は腰掛けを跨いですぐに自分の勉強机に座った。その時になってやっと少し怖さが治まり、先生が視学官の 来る日や賞品授与の日にしか着ない、立派な緑色のフロックコートを着込み、細かいひだのついた胸飾りをし、 刺繍の入った黒い絹の縁なし帽を被っていることに気が付いた。そのうえ教室全体が何か普段と違って、厳かな 感じだった。

 けれども一番に驚いたのは、教室の奥の普段は空いている腰掛けに、村の人たちが僕らと同じように黙って座っている ことだった。三角帽子を被ったオゼール老人、元村長、元郵便配達人、それから他にまだ多くの人たちも。 その人たちはみんな悲しそうな表情だった。そしてオゼールさんは縁が痛んだ古い初等読本を持って来ていて、 それを膝の上に一杯開き、大きな眼鏡を両頁の上に跨がるように置いていた。僕がそうしたことにびっくりして いるうちにアメル先生は教壇に上がり、さっき僕を迎えてくれたのと同じ重々しい声で僕らに言った。

「みなさん。私がみなさんに授業するのは、これが最後です。アルザスとロレーヌの学校では、これからは ドイツ語だけを教えるようにとの命令が、ベルリンから来ました。 新しい先生が明日来ます。今日はみなさんにする 最後のフランス語授業です。どうか熱心に聞いて下さい。」

その言葉を聞いて僕はひどく驚いた。ああ、なんてひどい奴らだ。さっき役場の前に掲示してあったのはそれだったのだ。 僕の最後のフランス語の授業だって。僕ときたら、やっとフランス語を書ける程度なのに。この先このままの状態で いなければならないのだ。

 今になって僕は無駄に過ごした時間のこと、鳥の巣を探して歩いたり、ザール川で氷遊びをするために欠席した 授業のことを、どんなにか悔やんだことだろう。ついさっきまではあれほど嫌で、持って歩くのも重く感じていた 文法や聖史などの教科書が、今では別れるのがひどく辛い友達のように思われた。アメル先生も同じだ。先生は いなくなり、もう二度と会いないのだと思うと、罰せられたり、定規でたたかれたことも、みんな忘れてしまった。 お気の毒な人だ。

 先生はこの最後の授業のために立派な晴れ着を着て来たのだった。そして今になって僕は、村の老人たちが 何で教室の隅に着いているのかが判った。それはもっとしょっちゅうこの学校に来なかったことを悔やんでいる らしかった。そしてまたアメル先生が四十年も尽くしてくれたことに感謝し、失われる祖国に敬意を表すため でもあったのだ。

 そうした思いにふけっていると、やがて僕の名前が呼ばれるのが聞こえた。僕が暗唱する番であった。あのややこしい 分詞の規則を大声で、はっきりと、一つも間違えずに全部を通して言えるためならば、どんなことだってしただろう。 だが僕は最初からまごついてしまい、悲しみで胸が一杯になり、顔も上げられずに自分の腰掛けのところで立ったまま、 小さく体を揺すっていた。そしてアメル先生の言う声が聞こえた。

「怒りはしないよ、フランツ君。もう十分に罰は受けていたはずだからね。そして誰もが毎日こう思うんだ。なあに、 時間はたっぷりある。明日また覚えりゃいいさって。ところがその結果はどうだね。ああ、そんな風にして 教育などは明日に延ばして来たのが、我がアルザスの大きな不幸だったのさ。今あの連中にこう言われたって 仕方がない。なんだ、お前たちはフランス人だと言い張っていたくせに、自分の言葉を話せも書けもしないじゃないか。 でもそんなことはみんな・・・。かわいそうなフランツ。何も君が一番に悪いわけじゃない。我々はみんなたっぷりと 非難されるべき点があるんだよ。君たちの両親は、君たちに是非とも教育を受けさせようとは思わなかった。 それよりもほんの僅かなお金を余分に稼がせるためだけに、畑や紡績工場に君らを働きに出す方を好んだのだ。私にだって 自分に咎める点はないだろうか。勉強する代わりに、よく君らに私の庭の水撒きをさせなかったかな?それから 私がマス釣りに行きたくなった時に、平気で授業を休みにしなかったろうか?」

 それからアメル先生は次から次へとフランス語について話を始め、そしてフランス語は世界で一番美しく、 一番明晰で、一番がっしりとした言語であると言い切った。さらにはフランス語を自分たちの間で守って、 決して忘れることの無いようにしなけらばならないと言った。何故ならば、例え一つの国民が奴隷となったとしても、 その国民が自分たちの言語を持ち続けている限りには、牢獄の鍵を持っているのと同じことなのだと。 それから先生は文法の本を取り上げて今日の課業を読んでくれた。僕はそれがあまりに良く解るので驚いた。 そして先生の言うことがどれも優しく感じられた。これ程に僕がよく聞き、先生の方でもこれ程に辛抱強く 説明したことは無かったと思う。気の毒な先生は自分がいなくなる前に、自分の知っている限りのことを全部 教え、それを僕らの頭に一気に叩き込んでしまおうとしているかのようだった。

 課業が終わると次は書写だった。この日のためにアメル先生は真新しい手本を用意してきていた。 それには美しい丸い書体で、「France, Alsace, France, Alsace」と書いてあった。まるで小さな国旗が勉強机の 横棒に引っ掛かって教室中に翻っているみたいだった。みんな熱心であり、それになんと静かだったことだろう。 ただ紙の上を走るペン先の音しか聞こえなかった。一度などは黄金虫が何匹か入って来た。だが誰も気を取られ たりせず、うんと小さな子供たちさえそうだった。彼らはまるで、それもフランス語であるかのように、心を 込めて、一所懸命に縦線を引っぱっていた。学校の屋根の上では鳩が小声でクークーと鳴いていた。それを聞いて 僕は考えた。

「今にあの鳩たちまでドイツ語で鳴けと言われやしないかな?」

時々頁の上から目を離すと、アメル先生はまるで目の中に、自分の小さな学校の建物をそっくりと収めて持って 行きたいと思っているかのように、教壇の上でじっと動かずに周りの物を見つめていた。考えてもみて欲しい。 この四十年来、先生はその同じ場所に、中庭を正面に見て、全く変わらない教室にいたのだ。ただ腰掛けや 勉強机が長年使われて、こすれて磨かれただけだった。中庭のくるみの木は大きくなり、先生が自分で植えた ホップは今では窓を飾って屋根まで伸びていた。気の毒な先生にとって、そうしたものみんなと別れ、そして校舎の 階上の部屋では妹さんが荷造りのために行ったり来たりしている足音を聞くのは、どんなに悲痛なことだったろう。 何故なら明日二人は出発し、そして永久にこの土地を去らねばならなかったのだ。でも先生は勇気を振るって 僕らのために最後まで授業を続けた。書写の後は歴史の勉強だった。それから小さな生徒たちが声を揃えて 「Ba, Be, Bi, Bo, Bu」の歌を歌った。教室の後ろの奥ではオゼール老人が眼鏡をかけて、初等読本を両手で 持ち、子供たちと一緒に字の綴りを読んでいた。老人も一所懸命なのがよく分かった。そして感激して声が震えていた。 それを聞いていると実に奇妙で、僕らはみな笑いたくなり、そしてまた泣きたくもなった。
 ああ、僕らはその最後の授業のことを決していつまでも忘れないのだろう。

 突然、教会の大時計が正午を打った。それに続いてアンジェラスの鐘も。それと同時に教練から帰って来る プロシア兵のラッパの音が窓の下で鳴り響いた。アメル先生は真っ青になってゆっくりと教壇に立ち上がった。 先生がそれほどまでに大きく見えたことは無かったように思う。

「みなさん。」と先生は言った。「みなさん。私は、私は・・・」

けれども何かが先生の胸に詰まった。そしてとうとう終わりまでは言えなかった。それで先生は黒板の方に 向き直ってから一片の白墨を手に取ると、全身の力を込めて精一杯に大きな字でこう書いた。



 Vive la France!




先生はそれから頭を壁に押しつけたまま、しばらくそこに立っていて、やがて口は利かないまま穏やかに手で 僕らに合図した。

(これで授業はお終いです・・・  もうお帰りなさい)





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アルフォンス・ドーデの短編小説です。

フランス文学であるにも関わらず何故あえて縦書きフォーマットを採用したかを明かすのならば、それは私が中学の 国語の授業で触れ親しんだお話だからと言うことに尽きます。 その印象が即ち縦書きのままに保存されて おり、それを変えることには多少の抵抗を感じます。

要するにコレを引っ張って来て何が言いたかったのかというと。
特にありませんな。 明け方、今朝は大変に冷え込んでおりました。 まだ暗いウチに目が覚めてしまい、 仕方なくベッドを出て着替え、南の間で窓を開け放して煙草をふかしていると、最後にラフランスを齧った のは一体いつのコトだったか… などと考えておりましたならば、続いて ”ヴィヴ・ラ・フランス” (フランス万歳) という言葉が登場して来ました。
えぇ。 ただそれだけのコトなんすょ。

試しにネットで全文検索してみたら見つかったんすけど、ひと通り読んでみたら あまりにも酷い文章なので 修正が超・大変ですた。 なので少しだけ私なりの解釈に置き換えた箇所なんかもありまする。 だからあんま 本気で受け止めないで下さいね?   (¬ω¬;)…


               at 24.Nov.2012  North-Fujisawa

       

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