【散文気分】 - 2012/09/22 Sat - (の予定でした)



一週間のご無沙汰です。 こんにちは。 (の予定であったのです)
唐突な話題で恐縮なのですが、そして そのような事柄に それほど思い詰めてなど いないのでありますが、 いまだ公明正大に表明もしたことがないことに気付きました。 いえ、それほど大したことではないのです。    私には”自分”という観念がありません。

青年期の比較的に早い段階から何となく感じて今に至ります。 これまでに関わって来た何人かのヒト達は私に 対してそれ(1)を指摘したことなどもありますが、だからどうしろ、どうなのだ… といった議論にまでは発展せず 終いなのでした。 他人事なだけに突っ込み過ぎるとやっかいなだけなのですから、もっともな反応かとも思います。

そして以前には あたかもそのような自分を探すかのごとく、コチラでもいくつかのトピックスを書き記した ことがあったのも心得ております。 しかし見つけた などと表明出来る機会に恵まれることも無く、そもそも 初めから探すことには頓着(2)など無かったのです。 もしも見つかったならば良かったね… と。 いつでも そのくらい の気持ちなのでした

頭でっかちな解釈でモノを言うのは気が咎めるのですが、3年間ほど熟成させた学習があります。 とある 大学の公開講座で心をテーマにした講義が1ヶ月間で15時間ほどあり、運良く受講する機会に恵まれて通いました。  その中で、心理学よりもむしろ哲学的な切り口で”心”をひも解く ある講義がありまして、その講師の著作物をAmazonで取り 寄せて読んでみました。 少々突飛なタイトルですが 『 「心」はからだの外にある 』 という本です。  途中で投げ出したり読後に迷ったりということもなく、私の想像し得なかった着眼点からお話を展開させる在り様に 、日々通勤電車の中で謙虚に最後まで読み進めることに徹しました。 そして多くの場合に取り沙汰される ”自分”というものの見つめ方について改めて考えさせられました。

もう少し正確に申しますと、私には一般に認知された”自分”という観念に対して当てはめるべき自分が無いの かもしれません。 しかし そうしなければ他者へと通じられないのです。 職場も社会も家族もそうして通じ 合っているのだから、私ヒトリが別のインターフェース(3)を持ち出して、さらに駆使して行動するワケにはいかない でしょう。





P.S. at 2.Oct.2012

書きかけて投げ出してあったモノを掘り起こしてみますた。
コレを書いていた時には 上記の云々かんぬんをもう少し続けましてですねぇ、その最後に数問の問題形式を 設けてチャンチャン♪ とするつもりなのだったと振り返ります。 例えば、

 問1) それ(1) とは何を指すのでしょう。

 問2) 頓着(2) の同義語をひとつ答えなさい。

 問3) 筆者の意図する インターフェース(3) とは、あなたにとってどのような事柄ですか。
    自由に書き著しなさい。

…そんな感じでしょうか。
まぁ採点には難儀しそうですが楽しそうでもあります。 こんな先生はダメなのでしょうか。
私にはよく判りません。 幸いにも私は先生ではありませんが、いいオトナです。 しかも子の親であったり もします。

先生って大学生が学校を卒業してイキナリ就く職業であるコトは、広く認知されているモノだとばかり思って おりました。 はっはっは。 まさか。 そんな すんなりと物事が順当に進むとは思えませんょ。

自分の職場に毎年次々と新人が入って来ることを振り返ってみるならば、新人教育から始まって人材育成を 集団ぐるみで考えてゆくモノでしょう。 少し以前までならば。

”即戦力”といった極めて曖昧な合言葉が現代に於いてはありますなぁ。 胡散臭いですなぁ。 新人の 即戦力とは。 中途採用者の即戦力とは如何に。 果たしてその集団に於いてどのくらいのスパンで考えられた 採用命題なのでしょうか。 そして被雇用者にとっては本当に有利と思える状況なのでしょうか。  逆に新進気鋭の者たちからは煙たがられガチであろう、長老さまや占い師の役割とは一体なんだったのでしょう。

きっと大きな企業などで終身雇用といった在りようを半ば いっぱ一からげ的に見直した、そのツケが舞い降りて来ているのは確実 なのでしょう。 そしてその時、その場の裁量で軍配を振るっていた方々に、今になって その責任を取って 貰いますか? 現実的な取り組みとして。   いやはや。

責任を個に押し付けるのではなく、問題について集団で取り組みましょうょ。 それは集団維持の本質にも及ぶ 命題なのかもしれないし、それほど大したコトではないのかもしれません。

さまざまな事柄に当てハメて悶々と考えてみるがいいさ。 そんな心の体力が果たしてあるのならば。 いいから 現時点の借金にオイラへの未払い給料分を上乗せしとけって。 その程度ならいくらでもヤリ直せるから。  古本屋の友人はそう出来てた。 だから社長、給料くれょ。












in Akita-Morino-Terasu  30.Sep.2012



9月27日の晩から出発して秋田に4泊してきました。
今回のテーマは稲刈りでした。 なんとか台風の直前に終えることが出来ました。

現地で撮り溜めてきた画像は追ってUPしてみようと思います。 しかし先にお気に入りの一枚↑を掲載しちまいます ただ。 池に渡したウッド・デッキに鎮座するカエル君ですな。 四つん這いになって わずか10数cm程度にまで 近寄ってのマクロ撮影なのですょ。   が、しかし。

パコソンに取り込んでココに掲載してみてから考えさせられますただ。
このデッキは水面から4〜50cmほどの高さにありまする。 画像から察するに、彼は下から現れたのは木の濡れ 具合からも明確なのですょ。 橋脚をよじ登って来たとするならば その最後にはデッキ面へと通ずるオーバー ハングといった障害がありますゆえ、コレは信憑性が薄い。 そんなコトしたら普通は真っ逆さまに落ちる でしょ。 ポチャッ!て。 ならば残された手段は水面からのジャンプですな。 ただし水面にある足掛かりは 頼り無いジュンサイの葉っぱくらいなのです。 さぁさぁ、果たして彼は 如何にしてデッキ上へとたどり着いた のでせうか?

(-”─;)うぅぅむ…

正解は判らぬままなのですが、実はこの晩に別のカエル君を眺めながら飲んでおりますた。 いや、決してヒトリで そうしておったワケではなくて同行の写真家とカエル好きな娘さんのお母さまとで、台風の激しい雨振る小屋の中で 遅くまで飲み続けておりますただ。 私はまったりと聞き手に徹しておったのですがカエル君は”囚われの身”でしたから 必死に脱出を試みておったワケでありましてぇ、その可能性を感じてしまったのですょ。    何ヤルか わがんね。





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