【散文気分】 - 2012/09/08 Sat -



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いやはや、試合の結果は語るまでもナイのでこのような表現とさせて戴きました。
せっかくの”ジョア・ナイター”(なんとまぁ偶然にも始球式と花火付き)でしたが残念です。

11年振りのプロ野球観戦と意気込んで ヒトリのこのこと神宮球場に出向きました。 ほんの出来心からでした。  衝動と言いますか、発作とでも申しますか。 先だってチケット情報と時節柄で夕立も気になりましたので、 それぞれに調べてから決行するに至りました。 ダメ元で娘にも行動予定をさり気なく申告しましたが そちらは 瞬殺されました。 ランエンドヒットやダブルスチールがきれいに決まると痛快ですが、コチラの方はそう うまくいきませんでした。

スワローズと神宮球場。
そこから連想する事柄は 私の場合いくつかあります。

冒頭の八百屋のオッサンもそうです。 神宮球場で試合がある時にはカァちゃんに店を任せて… 恐らくは年間の 全試合に居てはります。 そう。 彼は『がんばれ!タブチくん』のサブキャラなのです。 スワローズが優勢 だとフライパンの裏を棒で叩いてスパークします。 「あ、そぉ〜れ、K.O! K.O! ジャイアンツぅ〜!」 などと。 もちろん得点する度に東京音頭 ↓ だって炸裂します。 しかし試合の中盤以降でスワローズの投手陣が不幸 にして逆転3ランとか食らったりしますでしょ? すると ↑ の表情が拝めます。 メガネは普段からずり落ちて いるワケではない ↓ のです。 ほいで応援の甲斐もなく負けたら ↑ の表情のまんまで電車に乗っては郊外の 八百屋まで帰ります。 どうやら比較的 遅くまでヤっている店らしく、ちょうど店頭などを片付け中のカァちゃんに しかめっ面で出迎えられるのです。 「…なんや、また負けたんかいな。」 このように理由は不明なのですが ナゼか関西弁で とどめを刺されたりします。 気の毒なオッサンなのです。
            _   _,ィ=ァ=、
            \`ー(i 。 ゙て_ゝ.
      ( (    /ヽ.)ー\-ト,rっ.)|  ) )
           i   \m\゙ー' !
           ゝ.__,.ィ'´ \ j _./
          <.,  |   ノソ/バノ ,r=ァ;
         匸[_  `ー''"l レ''/~ 三'
          └┘`ー-、ヽY~フ /
         r'ヽ._     ノ ノ" ∠,,      ー┼     ー┼
         >、二ニニン「ノ~ 三      ┌┼┐ヽ   ┌┼┐ヽ
     r=ロ<~∠.ノ~  「 ̄_ノ~       └┘┘   └┘┘
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`ー┴l_ _/`ー''ー-、   ̄|~   │ゝ      _       /
     ̄      `r─ーl    └┐  あ   く
           /  /     ‐┘  あ  ┌┤
           (二エエ)     あ     └┘


小学生の時に所属していた少年野球クラブの監督はヤクルトの社員でありました。 多分 営業か広報方面のキャリア組 であったのだと今では想像します。 かなり後になってから聞いた話では定年前後の頃には社長の車を運転していた のだそうです。 自らも社内の軟式野球部に所属してプレーしていたのだそうですが、故障で現役を退いたのだと 聞きました。 その監督が子供らへのウケを狙ってなのか、たまに若松とか松岡のユニフォームで練習に現れて おりました。 硬式と軟式でもそこそこに交流があったのか、社内の営業的な仕事柄で知り合ったのかまでは 分かりません。 しかし監督が自らそのことを話題にしたことはありませんでしたから、単に実用面で利用して いただけなのかもしれません。 練習は厳しかったのですし、当時のアマチュア向けのユニフォームはあまり 快適なモノではありませんでしたから。 そして楽しみだったのは 夏休みに神宮球場へ連れて行ってくれること でした。 マイクロバスを借りて監督や父兄の経験者が運転して神宮外苑まで行きました。 小学生なんて まだまだ落ち着いてひと試合を通して野球を見てなどいられませんから、売店(当時はスタンド内にも ありました)でカップヌードルを買ってその横の給湯器で湯を注いで3分待ったり、インチキ臭いかき氷を高値 で買わされたりしておりました。 そして一番に夢中になって声援まで送っていたのは子供でも父母でもなく 監督でした。 初めて行った時(中日戦)の先発投手は尾花でしたが、彼がストレートで見送りの三振に 打ち取ると審判のコール前に立ち上がって「ぃよーしっ!」と喝采して手を叩きました。 試合終了から コチラまで戻ると帰りは深夜となりますが、真夏の夜のドライブといった感じで悪くはありませんでした。

村上春樹が、もう文筆家業を始めたあとの頃のお話だと想像します。 ”村上朝日堂”という少々古いエッセイ集の中で 書いておりました。 神宮球場が好きだと。 必然スワローズが好きなのだと(今は判りません)。 彼は 京阪神間キッズの生い立ちですから甲子園球場で夏場を過ごした思い出などもあるのです。 子供はタダですから。  小遣いで”かち割り”とか買って1日中を過ごしたのだろうと。 そのような甲子園大会が終わると秋の到来を 子供心ながらに感じておったようです。 千駄ヶ谷あたりに住んでいた頃の思い出らしいのですが、そのような 彼がですね、夕方になると響いてくるスタンドからの応援… あるいはスターティング・メンバーの読み上げ に合わせた声援だったのかもしれませんが、そんなのを聞いていると もう居ても立ってもいられなくなって 思わず神宮球場に駆けつけてしまっていたのだそうです。 当時のスワローズは優勝戦線に加わることも ありませんでしたから、担当の編集さんとビールを飲みながら静かな外野席で打ち合わせをしたことなども あるそうです。

最後はスワローズが全く関係無いのですが、せっかく思い出したので綴っておきます。
ナゼなのか六大学のひとつに進学しておりましたので何度か観戦に出向きました。 母校はひと昔前の華やか なりし頃とは違って早慶勢に押され気味でしたし、マスコミの注目は立教の二世選手に集中しておりましたが、 たまに優勝して底意地を見せてはおりました。 そう言えばその二世選手は のちにスワローズに入団しておりました。  しかもオープン戦の第一打席でホームランというセンセーショナルもあったのだけど。 覚えているヒトは おられるのでしょうか。 しかし おかげ様でスワローズもこれにて繋がりました。 私が小学生の頃に神宮で活躍 していた江川卓の白黒写真を貰って居間の壁に画びょうで貼り付けてありました。 一応は野球関係者の繋がりを 経て私の手元にもたらされたのです。 叔父(母の妹の夫)が栃木県で県立高校の野球部部長をしていたの ですが、県予選で江川を擁する作新学院と対戦したことがあったのです。 その後どのような繋がりやツテがあったのか までは知り得ませんでしたが、叔父の語る当時の思い出はなかなかに色濃いモノがありました。 簡単に言って しまえば”大人と子供”みたいな試合だったのだそうです。 やがて栃木県のスーパースターは全国大会で 怪物と呼ばれるようになります。












At Jingu-Studium 7.Sep.2012

   

 

 


眠たくなっちまいますた。 ってか居眠りしてますただ。
あとがき… なんだったっけ。   ん〜、 あとで書き足しときまつょ。



   

   


たしかいっぱいあったと思うんすけど、もはや脳みそが終了した模様でつ。
困った、ホンマに困った。   けど眠い…



   

   

 


もぉムリ。   (∋_∈)…



P.S. next afternoon 9.Sep.2012

昨夜は失礼を。 いやはや11年振りとは、また随分と間が開きましたなぁ。

迷わず外野自由席を購入して間近のゲートから入場したら巨人サイドですた。 ゲートで配られていた ヤクルト・ジョアをストローでちゅうちゅう吸いながらバックスクリーン下の通路をライト方向へと移動 しました。 そして着いたのがポール際の中段。 他にも空席は選り取り見取りでしたが敢えてそこを 選びました。 信濃町からせかせか歩いてきたので少々汗ばんでおりますた。 ホントは代々木上原 乗換えで外苑前に出る予定でしたが、メール打つのに夢中で乗り過ごしますただ。 なのでちょうど通路を 横切ってきたEBISUのお姉さんを確保して不当に高い一杯目を頂戴しました。 あとは自前で凌ぎましょう…

でもいかに神宮球場とはいえ首位巨人を迎えた試合が全指定席で当日券アリとは、野球人気が薄れたという よりも世の中 不景気なのだなぁと感じてしまいます。 金曜のナイターですものねぇ。 それでも中盤に 差し掛かる頃に外野自由席は両翼ともほぼ埋まっておりました。 私の右隣席は なかなかにアツぃ感じで スワローズユニフォームとキャップにメガホンといったお姿の若奥様、終始盛んに声援を送り続けておられました。  左は頻繁に足を運んでいそうな陽気で毒舌なおっちゃん。 ともにご夫婦連れでした。 前は大学生風の カップルであり、後ろは会社の仲間内4、5人のようでした。

うまい具合に試合前の両軍シートノック辺りからじっくりと見物でけますた。 スワローズのホームゲーム だからスターティングオーダー発表時にガイジン訛りのMCが入ります。 ウルサイとまでは申しませんが、 オーダーに集中させて欲しいと心底思いますた。 スコアボードは選手ヒトリヒトリを読み上げる度に オーロラヴィジョンの映像に切り替わるので、結局は全ての発表が終わるまで両軍の全体像が見渡せないしぃ。  まぁせっかく来たのだ。 静かになってから両軍をじぃぃぃ…   やはり心情的には6番スタメンの宮本に 注目しておきたいモノであるな。 うむ。 三冠の懸かった慎之助とミレッジのホームラン王争いは まだまだ 当分は目が離せぬであろう、ふむふむ。  さてと、先発投手力なぁ…   ドンマイ、どんまい。 そこは両軍とも始まる 前からドンマイだ。

ところが始まらない。 なんか始球式だって。 遠くの方で ひょろ長くて ちっこいのが元気良く出てきます ただ。 誰ょ? シラネー。 やたら強そうな名前だな(汗)   ハイ。 そんなアナタにはオーロラヴィジョン! などと名誉挽回のごとく アップで映し出しておりますただ。 フンだ。   お、 あぁ。 ジョアのお姉さんなぁ。    あ、もう振り被っちゃった。 ぎっちょかぁ!  ん、フォームでかぃぞ。 左腕の振りもいい!  コレはもしや…        ( ポテッ ! パス。)

いやぁ〜、なかなか格好いい始球式ですただ。 もう本気で期待しちまいましたから。 しかもコースは ド真ん中ですた。 この先も女優業の傍らで夢の ”始球式〜完投” を目指して がんがって欲しいモノだと 思いまつ。 ヘイ。   なのでココは謹んで贈呈させて戴きましょうとも。

 『 女性が始球式で本気の空振りを取る方法 』   散文気分著 ・ 講談社現代新書刊

1回の表、巨人の攻撃時間は25分。 打者9人。 3失点。
さてさて、まだ序盤ですし両隣は賑やかなのですが、スワローズの攻撃は いともあっさりとした味付けですわ。  ふむふむ。   あ、宮本なぁ。 観戦中の大半は少し前のめりに、膝を組んで頬杖をついておりました。  では、じっくりと第一打席を拝ませて戴きましょう。 ( カンッ!)
…上がった! ばんざーいっ!   バンザーイっ!!   ばんずゎ〜〜〜〜〜いっ!!!
私の超フライングな渾身の万歳三唱に乗せられてか、打球のスタンドイン後にドっ!と周囲が沸きますただ。  もう両隣からはダブルハイタッチを求められて、なんとか無事に仲間入りは成功しますた。 で、このまま 最初の東京音頭に突入でつ。 この日2回あったウチの1回目ぇ。

翌日に始球式の画像集めとかしていて知りましたが、なんだか試合前に ちゃっかりと いい思いしてたみたいなんすょねぇ、  宮本っつぁん。   41歳。 張り切っていた… のかなぁ。
(-”─;)うぅぅむ…





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