【散文気分】 - 2012/08/30 Thu -



西谷で新幹線が通過すると その日は(・∀・)イイ!!ことがアル。

幼い頃から(一部の)周囲でそう唱えられ、私自身も意識してきたラッキー・ハプニングなのです。 相鉄線で 急行電車の停まらぬ駅である西谷(その頃は急行にしか用事がなかったのです)。 その駅ホームを頭上で 跨ぐかのように東海道新幹線が真っ直ぐに敷かれております。 それを見上げる上で その見通しを阻む障害物は ありませぬ。 結構な高低差の立体交差なのです。 それはひとえに新幹線工事の都合によリもたらされたる 結果なのでしょう。

川沿いに狭い谷を形成する西谷付近の地形。 その谷間をぬって帷子川(かたびらがわ)沿いに走るのが相鉄線 です。 下流域で ひと昔前にはアザラシだって生息しておりました川なのです。 流浪のタマちゃんですな。  さてさて、一方。 夢の超特急は速度と安全走行が至上命題である、当時としては世界的にも例の無かった 最も過酷な鉄道建築物なのです。 余談ではありますが、当時の日本は東京〜新大阪間のそれを わずか6年の 工期でやり遂げてしまったのですね。

そんな西谷の谷を跨ぐのは 左右で言えば直線。 そして上下で見ても海抜的に平行。 すなわち真に空間的な 直線走行を実現させた区間であると言えます。 先の高低差はその副産物であることに他なりません。

実はそのような地形がしばらく続くのが、新横浜〜小田原間であったりもします。 地理的にはちょうど 相模台地の終端辺りを、西南西へとほぼ真一文字に貫くような経路で新幹線が敷かれているからなのです。

要するに。 東京駅を出発した下り新幹線が”本気モード”で疾走し始める最初の区間でもあります。  圧巻なのは相模川橋梁を通過中の光景でしょうか。 新幹線の、本当に”速さ”というものを感じられる絶好 のポイントです。 さらに その光景を盛り上げる轟音(goes on)も捨て難い。 その辺の感触をさらに 掘り下げて比較体験されたいのであれば、少々の移動距離はありますが同じく相模川に架けられた馬入川橋梁 (東海道・在来線)の東京寄りから、電車が平塚駅を発車してからすぐにある橋を渡り切るまでの情景を観察 なさってみるのも面白いでしょう。 人間的な速度もなかなかに趣のあるものです。

新大阪開業から長らく下り『ひかり』は通過していましたが、新横浜駅の前後区間では細かなトンネルとカーブの 多さから、まだまだ最高速度で走り抜けられなかった事情などがあります。 そしてようやく、まさにリミッター (制限)解除。 相模平野をブっ飛び中…

やっと話が戻ります。
子供の頃の私にとっては、そんなラッキー・ハプニングに遭遇して その日の幸運などを待ち受ける前に、 ラッキー・ハプニング自体が既にラッキーなのでした。 よって、大らかで幸せな気分のままに その一日を ほぼ例外なく過ごしておったものと想像するのです。











陽射しの厳しさは もはやピークを過ぎた感があります。 が。 湿気はまだまだ容赦ありませんなぁ。  それで風も無かったりすると、もう目も当てられやしない。 幸いにも大井町では夕方近くになると海風の 影響もあってなのか、大抵は良い風が吹きます。 しかし昼間の休憩時などはもぅ だるだるっすわ。  猫背になってトボトボ歩いては 冷たい蕎麦くらいしか食べる気にならないっす。

にも関わらず。 あたかも狙い済ましたかのように登場してしまうのですなぁ。 常に粋を意識するあまり むしろ無粋な言動や行動に出てしまっているおじ様が。 ず〜こず〜こサンダル引きずって現れては、 やれ大声で『キツネだよ』と食券出したり、配膳口で受け取ってから席に着くなり『箸はよ?』とか。  なんだいオマエさん家かぁ。 悪いな気付かずに邪魔してたわ。 食ったらカウンター拭いて とっとと 帰るから。 なに、お構いなくさ。 あばよ。

・・・などと言う間も与えられずに ものの30秒くらいで完食して消えてゆきますただ。 美味かったのかな?  直接胃に流し込めたら良かったのにねぇ。 つま楊枝で しぃしぃする手間も省けるしぃ。 あ、その たしなみ奪っちゃダメなのか。 難儀やのぅ(汗

(-”ー;)うぅぅむ…





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