【散文気分】 - 2012/02/03 Fri -



モカシン・テレグラム

webで検索してもロク(まとも)な情報にヒットしませんでした。 そりゃあ そうでしょうとも。 ある地域での 造語なのですから。 初めて 『 モカシン・テレグラム 』 という言葉に触れ親しんだのは 恐らく大学生時分とか 結婚当初の頃ではなかったかと振り返ります。

その当時よりも少し前の頃に 二人乗りカヌー(カヤック… またはファルト・ボート)の前座に飼い犬を乗せた ヒゲ面のオッサンがひたすらパドルを漕ぐテレビCMがあったのです。 某メーカーのチキン・ラーメンでした。  えぇ。 『 すぐ美味しい、すごく美味しい… 』 のフレーズも、もはや若いヒト達には通じなかったりして、 ”キャバ嬢くどき” にも それなりの気苦労をもって対処せねばなりませぬ。 余計な気苦労とでも申しましょうか。

彼が(ヒゲ面のオッサン)カナダ〜アラスカを流域とするユーコン川をカヌーで飼い犬とともに旅してレポート する、そんな連載が小学館発行の月刊誌・『 Be-Pal(ビーパル) 』 にあったのです。 まぁアウトドア誌の 比較的ライトなモノでしたでしょうか。 今現在の事情までは判りかねますが。 そして その連載モノを集約 ・編集して定期的に出版されていた彼の著作に 『 のんびり行こうぜ 』 というシリーズがありました。 当時は 新刊が出る度に飛びついて購入しては 食い入るように読み通し、そして何度も読み返したものでした。 いずれも カヌーで 主に国内外の河川を旅したレポートやら その当時の彼の居住地域での生活風景などが描かれた作品なの でした。

中でも好んで読んでいた紀行文がユーコン川の、それも毎年のように 何度も何度も彼が訪れては 流域の イヌイットやネイティブ・アメリカンな方々との交流などを伝えて下さった長編シリーズだったワケなのです。 イヌイットの村々 では伝説的な日本人名なども登場したりします。 ”ナオミ(植村直己)” とか ”ヘンリー・エカダ(池田)” などなど。 植村直己さんについては説明の必要はありませんでしょうからココでは省きますが、ヘンリー・エカダ さんについては多少の説明がいるでしょうね。 たしか明治の頃にアラスカへと赴いた れっきとした日本人なの だそうです。 エカダ… というのはインディアン訛り、もしくはエスキモー訛りなのでしょう。 ホントは 池田さんなのだと推測(?)されます。

ヒゲ面のオッサンなどと揶揄してきましたが 実際のご芳名は野田知佑さんとおっしゃいます。 彼のユーコン 川レポートは当時の多くの若者達や一部メディアで愛され、あたかもシリーズのように続いていたのでした。  そして今回 私が持ち出した 『 モカシン・テレグラム 』 という ”ご当地” 用語について触れていたのが 彼なのでした。

ユーコン川流域に於いて 中流域までは主にネイティブ・アメリカンたちの居住(迫害)地域だったりします。  旅の途中で彼がたどり着く町々がそのような集落だったりするケースが多く見受けられました。 そして さらに下流域に達すると今度はイヌイットたちの集落が多くなってくるのですね。 ユーコンは大河川ですから その歴史的背景には ”蒸気船” なども登場する時代があったのです。 ミシシッピ流域でのハックルベリー・フィン の冒険で登場する、あの蒸気船が普通に行きかう川。 そんなユーコンもあったのですね。

脱線・直前なのでお話を戻しますが、 『 モカシン・テレグラム 』 について稚拙ながらも ご説明申し上げますと、 要するにユーコン流域に住まう集落間で取り交わされる 『 謎の 』 情報・伝達網のコトなのです。 彼の(野田さん)ように 川をゆっくりと下る目線から察するに、その速度よりも遥かに早く伝わる情報網がアルのだと、そしてそれは 船外機付きの船の速度をも凌ぐ速さで伝わっているとしか思えない… というのが、当時の野田さんの現地で 語られている 『 モカシン・テレグラム 』 に関するレポートなのでした。

一体誰がどのような手段をもって上流域で起こった出来事を中流域〜下流域へと、逆に下流域で起こった出来事を 中流域〜上流域まで伝えているのか、その実態については誰も(人種を超えて)知られていないのだそうです。  当然インター・ネットが、電話や電報やテレックス(笑)さえも普及しておらぬ 広大な地域での不思議な現象 なのです。

解明されぬままの不思議な、でもまぁ当地で暮らす多くの方々にとっては普通にありがたい情報伝達網…  といった感じなのでしょうか。 そして どうかツマラン御用学者らの ”解説” ・ ”実証” などで 汚されたくはナイ事柄であるコトであるなぁ… と思うのは、果たして私だけなのでしょうか。

…あの、 いわゆるロマンチストなのですか?   …その、 このワタシ(汗








At Oookayama -1.February.2012-



石川五右衛門(ルパン三世)の名ゼリフに 『 … またツマラぬモノを斬ってしまった(汗 』 というのが ありましたが、ツマラン画像っすょねぇ。 明かりの不足なのか何回シャッター切ってもピントは合わないしぃ。  ぶっちゃけ諦めて保存した ”しょうもない” 一枚なのです。

…理由があります。

友人の写真家が相方さんと共に追いかけている噺家さんがおられましてぇ、柳家小三治 さんなのですが 彼はその筋の愛好家の方々からは大人気なようでしてぇ、チケットの入手が ”極めて” 困難 なようなのです。 そのような事情なども手伝いまして 彼(友人の写真家)の不都合によってはこのワタシに ”貴重” なチケットが回ってきたりするケースが… これまでに数回ほどありました。

あの、生前にはフランク・永井さんと懇意にされておられたそうなのですょ。 その、小三治さんが。 主に ゴルフ仲間として。 彼の(小三治さんの)枕(本題前のボヤキ節)はぁ、そりゃ〜長っがいんすょ。 この 私のサイトのトピックスなんて及びもしないぐれぇに、そりゃあ んもぉぉぉぉぉ…、 長っがいんすょ。

でぇ、数年前に八王子の公民館だかで聴いた彼(小三治)の ”枕” の中で、先に持ち出しましたフランク・永井さんとの思い出話などが もう 延々と続くのでしたがぁ、なんと最後に 『 有楽町で会いましょう 』 をフルパートで熱唱するでは あ〜りませんか! もちろん、高座で普通に お座りなままにですょお…(汗

結構、お上手ですた。

 (-”−;)うぅぅむ…





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