【散文気分】 - 2012/01/08 Sun -



あの、大変に申し上げにくいのではありますが 前々回(2011/12/09)の本文にて その最後に 『つづく…』 と記した話題については 続きません。 そして”筋少”の楽曲の歌詞のつづり表現に私は『フェティスト』と記しておりましたが 正しくは『フェティシスト』 であります。 『フェティシズム』などと一緒ですね。 あの時もお断りした通りで あくまでも私の耳で 聴いた記憶を優先させて戴きました。 あの当時はどうしても『フェティシスト』とは(歌詞カードで読んで知っているにもかかわらず)聴き 取れなかったので そのまま書き連ねました。 実際に大槻ケンヂ氏がどう歌い上げていたのかまでは判り かねます。

そして問題の『つづき…』が続かなかった理由は…   読むまい、探るまい、検索すまいと思いつつも、私の 疑問とそれに対する”自論”をココで展開させてみようといった野心があったにもかかわらず、ヤっちゃったん ですね。 そうしたら全てスッキリしてしまい、書く意欲も消えてしまいました。 えぇ。 初めから判ってた コトなので そうした文献やら知識などを通さずに書いてみたいといった欲求があったのでした。 そして予想通りで、 それらを読んだら書く意欲は消えました。 えぇ、本人がスッキリしちゃったので。 スミマセンがあのお話は 続きません。 ただしこの先に別のカタチでお話する機会なども、もしかしたらあるのかもしれませんね。

今日はこれから打ち立ての蕎麦を戴いてから その後は同じ場所で好みの種類の酒を飲みつつ”お琴”を聴きに ゆきます。 のこのこと祖師谷くんだりまで。 このような外出は久しぶりの機会なので楽しみです。  が、果たして元気の無い今の私でも楽しめるのかまでは考えずに出向こうといった感覚です。 そのような 意味合いに於いては昨年・秋の秋田旅行と似たような心境ですが、恐らくは取り越し苦労となるのでしょう。    ってか、なれ。

しばらく間があいて昨日 突然に書いてみたりしましたが、前述のような”お断り”といったコトなどもせねば なりませんでした。 突然にヤメる、キレるといった後にはそれなりの繋ぎ方があるのですね。 あ、別に ”方法論”のようなことを持ち出そうとしているワケではありません。 自身で前回以前を振り返ってみて 『あぁ、こんな終わり方をしていたのだなぁ…』と、結構考えさせられました。 その”繋ぎ”を考えてみた のです。 けれども実際にはその時の(昨日の)トピックスに筆を走らせたりしてました。 なるがゆえに、 今日はこうして考える時間にたどり着けたのだとも思います。 いや、よくは判りませんが。

いずれにしましても私の春はまだ少し先のコトとなるのか、既に間近に迫って来ているのかは、ちょいと以前までの ようには見当が付きません。 その辺の感覚には難儀しております。 このような場合には しばしば ”○○戦国時代” などと例えられているようですが 果たしてこの場合はどうなのでしょうか。  少なくとも”戦い”とは無縁なのだとも思うのです。 むしろ”お天道様”を拝むお百姓さん方の心境に 近いのだとも思いますし、そちらを好ましく感じます。


さぁ、切り上げて”あとがき”書いて、身支度してから美味い蕎麦を戴きに出掛けましょう。








さみしいお話ですが コチラを読んで下さっている方々へ宛てて書いているカタチをとっておりますが、ココは あくまでも私の覚え書きなのですょ。 その昔、中島みゆきも『ひとり上手』と歌っておりました。 そう、 アレです。 かのオールナイト・ニッポンで彼女がパーソナリティーを務めていた頃には その名も『”ひとり上手”の コーナー』というのもありました。 ハガキ職人さん達が投稿した”ひとり上手”な物悲しい作品を彼女が読み 上げ終わると、バックでその曲が流れる仕組みでした。 そして採用されると『握手券』が貰えます。 あぁ、 『握手券』とはコンサートなどの際に優先して彼女と握手して貰える”引換券”のようなモノなのです。

…あ、 『ハガキ職人』 って 通じますかねぇ?(汗

 (-”−;)うぅぅむ…



             At the bus stop-Irimachou 3 Blocks -28.Mar.2007-

                


あまりにも写真のナイ日々が続いたので古いのからほじくり返してみました。

まだ友人が経営する仙川の古本屋に通っていた頃の画像です。 その終盤の1年くらいの間は朝夕とも成城学園前駅 から仙川まで40分くらいかけて歩いておりました。 元気でしたねぇ(笑

そう言えばちょっと前に街中のアスファルトの隙間から生え出た”ド根性大根”というのがメディアで取り沙汰されていた コトがありましたなぁ。 ご覧のとおり以前の携帯の小さな画像では判りにくいのですが、この大根は まさしく ”木”でしたね。 この後も成長を続けて白い部分は2倍くらいにまでなりました。 私は勝手に”ダイコンの木” と心の中で呼んでおりました。 きっとこの畑の持ち主の遊び心であったのでしょう。

ちょうど背景の”しだれ梅”が満開なようですが 毎年なかなか見事な見栄えなのですょ。




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