【散文気分】 - 2012/01/07 Sat -



昨年末にも少々触れたコトなのですが ココ数年来の更新リズムとは違った昨年であったとの認識であります。  そして その頻度もしかりでした。 しかし依然として変わらぬコトとは何かを一つ挙げるのならば、 それは ”元気のナイ時には書かぬ(書けぬ)” といった具合なのでしょうか。 そのように解釈するならば、 すなわちココは ”元気な私”、または ”(なんとか)普通な私” が書き連ねてきたサイトでもあるのですね。

12月の半ばに患った風邪を機会として予想に反して元気が無くなってしまいました。 これまでの経験則から 推測して それこそ元気に年の瀬も新年も迎えられそうだとの期待を持っていた矢先のコトでしたから、なかなかに こたえました。 そしてそれらの時期もそろそろ終わろうととしておりますが コンディションの方は何ら 変わらぬまま… と言えましょう。 けれども今日は書くワケですね。

そんな私が今書くことが出来るのは ”お酒” のチカラに依るトコロが大きいのだと思います。 えぇ。  紛れるのですね、憂うつ感が。 アル中と言って差し支えないかとも思います。 そのように認識しております。  さて、三連休・初日の土曜の昼下がり。 先ほどまでBSである局のドキュメンタリー 番組を見ておりました。 昨年に富山テレビで放映された番組の再放送のようでした。

富山湾から主に東側方面の海域で漁を営む方々の ”嘆き節” から始まったその番組は、この数年来の漁業 の変化を訴えるモノでした。 それは 刺し網にかかった魚が大量の『ヨコエビ』という生き物に捕食された 状態で上がってくるといった被害なのでした。 本来『ヨコエビ』とは胴長1cm足らずの小さな生き物であり、 主に海底で死んだ魚類などを食するといった ”海の掃除屋さん” 的な存在として知られて来たようなのです。  我々が普通に食するエビとは違って白くて茶褐色の縞々が特徴的な、どちらかと言えば”ダンゴムシ”とか ”ワラジムシ”に似た生き物です。

そして長年… いえ、代々家業を継いできたであろう地元漁師の方々の ”感覚” に『これはただ事では無い』 と思わせた出来事が ”槍玉” として挙げられておりました。 それは黒部川上流域にあるダムの放水でした。  しかし単なる放水ではないのですね。 そもそもダムというものは造成後にどんどんと上流域からの堆積物 (石・砂利・泥・樹木・その他)が溜まってゆき、それに連れて貯水量が減少してしまうといった 『宿命』 を 持った建造物なのです。 地理的な立地条件の適う場所では下流域に第2、第3のダムを建設してゆくといった 対応を図ったケースなども見受けられますが、今回の黒部川の問題ではダム湖底上層部のヘドロ化した土砂を 含む層を一気に放流したことが問題視されておりました。 その後は行政側も配慮の姿勢を見せて増水時に ”少しずつ汚泥を紛れ込ませて放流” するカタチをとるようになったのだと 番組は伝えておりました。  しかし景観・美観の話では済まぬところで深刻な問題となっているコトに気付いたのは、黒部川流域ではなく 富山湾の漁師の方々だったのですね。 しかし昔ながらに川の漁が盛んであった時代であったならば きっともっと 早くに問題視されていたことでしょう。

番組内では行政側−漁協側それぞれに委託を受けた調査団体が海底の地質調査やら水質調査などを行って 分析しておりましたが その因果関係に決定付ける結果はまだ出ていないようにも、または『ヨコエビ』の 生態調査の結果などからは 地元漁師の訴えどおりじゃないかとか、まだまだ時間が必要なように見受け られました。 そして最後に、黒部川で釣りを続けてきた20代後半の男性がインタヴューに応えておりました が、子供の頃には湧き上がるようにいた ”アユ” がほとんどいなくなってしまったのだと、結んでおりました。  ご存知の通り”アユ”は川はもちろん海の状態にも依存する魚です。

必要な事だからやる。 そして出来た。 結果、弊害が起こった。 さて、どうしましょうか。
ならば今までヤってきた方法がダメなら代わりにこう ”変えれば” いいんじゃないの?

ひとつだけ言わせてもらうならば…   解らぬコトには敬意を持てないモノなのだろうか。
壊された自然の代わりなどは 今の我々の力でなし得ないのだ。

自然やそれらを生業としている人々の生活があるコト、たとえ間接的であれ その恩恵に授かっておる流通〜 消費といった経済的な側面。 それらを『何か』の天秤に載せて量って執行した結果なのであれば、既にやって しまった『間違い』の可能性のある事柄にはもっと真摯に取り組むべきなのではないか。 行政の動きは 相変わらずの保身一方…
事態は現場で起きているのに会議室で過去の事例とデータ分析結果から、その因果関係の否定的な結論を ”御用学者” さん方が下してる場面などは目を覆い、耳をふさぎたくなりました。 立場(職責)ゆえに、 毎日のように海に出てその ”ありのままの変化” を感じて来ていた人々の訴えることなどには意識が働かぬのか。

昨年の原発事故以来の対応でも露呈してしまいましたが、この国は過去の経験からの学習能力に欠けているよう ですね。 今日、富山湾のレポートを見ていて例えば水俣病問題などもまた、時代の片隅に追いやられてしまうの だろうかと感じてしまいました。








お久しぶりです。 お元気でしたか?   どうぞ今年もよろしくお願いしますね。

ちょっとだけ何か書いてみようと思い立っただけなのですが 思いのほか長くなってしまいました。
ん〜 コレは自己分析するに、 ”怒り” のパワーなのではないかと振り返ります。

本文を読み返してみたら悲観的な終わり方で物悲しいので 明るい話題なども少々…

私の感じる限りではありますが。 例えば私が子供の頃の『多摩川』や『鶴見川』などは毎年水質汚染の ワースト上位に挙げられて報道されていた記憶があります。 実際に東海道線で双方の鉄橋を渡る車窓から 眺めているだけで子供心にも 『・・・』 となっておりましたから。

そして河口付近では江ノ島から西方に数キロの所にそそぐ自宅近所の川ではフナ釣りして遊んでおりましたが 帰宅してからは釣り道具の手入れや手洗いなどと やはり子供心にもクサぃ汚い川といったイメージが残っております。  支流の米軍ベース付近であまり良くない流出物があったのだと、小学校のある先生から聞かされた記憶もあります。

もしも私の感覚に”鈍り”が無かったのだとしたならば これらの首都圏及び近郊の”汚染”が問題視されて いた河川では、この20年来位の間で随分とマシになって来ているとも思うのですょ。 昨年のエピソードでも 書き連ねたコトがありましたが 先ほどの私がフナ釣りしていた川でも”アユ”と”カワセミ”が普通に見られる ようになってきているワケなのですね。

 この辺→

けれども、これらは決して行政の”河川正常化”に向けた政策によるモノだけではナイのだと解釈しております。  いえ、もちろんそれもあるでしょうが 生活規範と産業規範にかかわる物事の変化が ”たまたま” 河川正常化 へと働いたに過ぎないと感じております。 私、ひねくれてますか? でも、そのような事業(?)に対して行政には そんな予算も計上されていないしぃ、周囲を祭り上げて真剣に取り組んだりとかもしてなかったしぃ。  ちょっと懐かしい某・焼酎メーカーのCMで『カンバック・サーモン』とか多摩川でヤってたぐれぇのコトを 思い返せるぐれぇなんすょねぇ…

あ、ちなみに太平洋側で”サケ”遡上の南限は栃木から茨城に流れる”那珂川”と思っておりました。  あくまでも漁のある川としてです。 だから実際たまに観測される”迷い”のサケが東京湾から遡る程度の ”子供だまし” を企業イメージにしようとした取り組みですね。 そんなことは続かないのでCMも廃れた のかまでは存じ上げませぬが。

でぇ、残念ながら逆に汚染が進む川はと言えば…  あの頃にはまだキレイだった(方の)川ですね。
地元近辺で言うならば相模川、その支流の中津川、酒匂川といった川は徐々に徐々にワルくなっていますでしょう。  10年くらい前に相模川で釣りしておりました際に 水質検査やら微生物採集されてる方に気付いたので話しかけて みたら お役所の職員さんなのでした。 その方曰く、『まぁ、ココの水質は例えれば生活雑排水とほぼ同じですねぇ。  見た目キレイだけれど(笑』 とのコトでした。 要するに大腸菌だらけと。 飲んだら最後、即下ると。  支流の中津川は比べて相当マシなそうなのでした。 でも私は知っております。 あの、宮ヶ瀬ダムが出来る 前の清流と シーズンには まるで竹薮のように立ち並ぶアユ釣り師達のサオの列を。 そんな情景はもはや 中津川にはナイのですょ。 それでも その職員さんは遥かにマシなのだと強調されておりました。

 (-”−;)うぅぅむ…

結局は悲観的な終局ぢゃんか。 引きドコロ間違えてるな。 やっぱ 『この辺→』 だったのかぁ。



そっか! なら明日、そう明日です。  きっとアナタは500円玉を拾うでしょう。 拾得なさいます。

ってか、拾って下さい。 お願いしますよぉ。 タバコ自販機の釣銭口とか手当たり次第にあさったりとか、 とにかくヒトが小銭を手にする場(駅の券売機辺り)とかで徹底的に張り込んで探して下さい。  そんなコトをしているウチに 事情あってそのようなコトを巧みになされていらっしゃる方々にめぐり合う かもしれませんから、その場は『師』と思って追跡なさって技を盗んで実行に移して下さい。 実際に私も 目撃したコトがありますが 彼らの仕事は流れるように美しいのです。 野生動物的ですらあります。  何故ならば、生きるため。 いや、美しさや生業の話ではありませんでした。 スミマセン。



…あんのぉ、 私が酔ってコレ書いているコトは本文の冒頭の方で申し上げました。   よねぇ?(汗




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