【散文気分】 - 2011/12/09 Fri -



♪フェティストの兄は いくじなし〜 (いくじなし〜)

 フェティストの兄は い〜くじ〜な〜し〜〜〜

それ〜でもっ! (それでもー!)

 僕の〜姉さんと恋に〜落ちました〜 (あ〜 あ〜 あ〜 あ〜)


フェティストの姉は 可愛くて〜 (可愛くて〜)

 フェティストの姉は か〜わい〜くて〜〜〜

それ〜でもっ! (それでもー!)

 根性なしオトコと恋に〜落ちました〜 …


《以下、中語り》

僕の姉は美しかったが若くして死んだ。
姉は美しかったが、『 生ゴム・マニア 』 だった。
姉の葬式の夜、姉のフィアンセと称するオトコが来て 僕に言った。

『 ケンヂ君、これからはオレのことを ”義兄(にい)さん” と呼んでくれ。 』

僕の姉は美しかったが、『 生ゴム・マニア 』 だった。
その夜、オトコは姉の亡骸に ”生ゴムの下着” を着せながら、僕に言った。

『 ケンヂ君、キミの姉さんとは理解し合っていたよ。 』

やがてオトコは感極まったのか ポロポロと涙を落とした。

僕の義兄(にい)さんはぁ、
オンナの死体に ”生ゴム・下着” を着せながらぁ、ポロポロ涙を落としたワケだょ。



─ 筋肉少女帯 / ”ナゴム全曲集” 『 いくじなし 』 ─   (…より抜粋 & 以下略)


検索したら私の記憶と全然違う結果が出て来たので何か事情でもアルのでしょうか。
しかしココでは私の記憶の方を採用させて戴きました。 ので、全く正確性に欠けますコトをお断りして おきます。 曲のタイトルは『いくじなし』ですが上記の歌詞内容からだけでは一体ナニが”いくじなし”なのかも 判別がつきませぬ。 しかしそのコトは今ココで触れたいテーマとはあまり関係が無いので先へ進みましょう。

この楽曲の発表当時では世間はおろかメディアなどでもまだ ”フェチ” とか ”フェティシズム” などと いった類の言葉は あまり聞かれなかったようにも記憶しております。 まぁ会話の中で聞いても何とか通じる… と いった具合であったのかもしれません。

この”僕”の姉とその交際相手(姉の死後に出現した自称フィアンセ)は 間違い無く ある嗜好の上でも共感 し合っていたコトなどが伺い知れます。 果たして『生ゴム・マニア』とはどのような趣味・嗜好であるのか、 いま現在では もはやそこには性的嗜好などが含まれているであろうコトまでをも想像してしまいます。  果たして”生ゴム・下着”なるアイテムまでをも持ち出す彼らの会話や 恐らくは性行為にまで伴うであろう その衝動とは、それを知らぬ我々に対して一体どのような印象を持たせる世界なのでしょうか。

もちろん(それを解らぬ、または感じぬ)他人に気楽に見せたり話し聞かせたりする事柄ではありませんでしょう から、そういった観点から言えば この強引に呼称として”義兄”を要求する彼の行動(”生ゴム・下着”ん トコ)は、いかに自分のフィアンセの葬儀とはいえ少々 逸脱した行動にも思えます。 神聖な意味合いに於いて 死者を弔う上で必要な儀式のようなモノなのであれば、そこには関係者を初めとする同席者からのコンセンサスを 得る必要がありますから、今夜突然に死者の身内の前に現れた人物がなし得るのは至難の業でありましょう。  あるいは棺の中に死者が生前に愛用していた物などを手向ける線で考えたとしても ギリギリで… いえ、 やはり余裕でアウトではないのでしょうか。 異性の遺体に下着の着用を容認する遺族(特に父親)の存在など、 私の想像を超え過ぎです。

しかし この楽曲の中ではそれが容認されたのでした。


実はこの楽曲のコトからは少し離れまして、前述の中ではついに謎だらけであった世界観について続けてみたい のでありますが、ちょっと長くなりましたので一旦区切りましょう。

つづく…





P.S. at 14.january.2012

スミマセンが ”続かぬ” コトなどは先日に別のトピックス内にてお断り申し上げました。

今回こうして報告させて戴きたかったのは、本文記載時の歌詞検索結果と私の記憶違いでは(?)といった謎 は解明されましたしぃ、この度 学生時分に聴いていたCDのサルベージにも成功したコトでごぜぇますだ。  まずはそのCDの歌詞の(そう聴こえる)通りに改めて本文を加筆・修正してみました。

そして ほぼ記憶違いなどではありませんでした。 ではナゼ検索結果とこのCDの楽曲の歌詞が異なるのか、 タイトルの 『いくじなし』 の由縁も判らぬのは 私の都合で中略したからなのでもありませんでした。 それは この 『ナゴム全曲集』 という ”筋少” がインディーズ時代の、しかも 『ナゴム・レーベル』 から発表された 楽曲のみを集めてアルバムとして再発売した経緯にありました。 何かの構成の都合から、この 『いくじなし』 は ”短縮バージョン” が収録されておったのですな。 そう。 オリジナル版の歌詞がネットでの検索結果であった のでありまして、それらを読めばこの ”義兄(あに)” がナゼ根性無しであると ”僕” から評されるコトに なったのか、そしてタイトルが何故 『いくじなし』 とされたのかが しっかりとうかがい知れるのでありました。

…あぁ、その代わりオリジナル版・『いくじなし』 は ”中・語り” の部分が、んもぉ〜 それはそれは浪曲並みに 長いっすょ。 この私のサイトのトピックスなんかの比ぢゃありませぬ。









まだまだ写真はありません。 過去画像から探し回るのは意外と気力と時間を要します。
ホントは木曜の朝に気付いて狙っている被写体がアルのです。 近所の邸宅の庭先… とは言っても小木の 影になって少し入り込んだトコなので 無断で撮影するのは無理なのです。 いっそ庭先に家人がいれば お願いを申し出るコトなども出来ましょうが、そんなチャンスが巡って来る前にきっと枯れてしまうのでしょう。

…あ、申し遅れましたが 背の低い白いユリの花が一輪だけ咲いているのですょ、この時季に。
冷たい小雨が降る今朝も まだしっかりと咲いておりました。 夏に野に咲くありふれた種類にしか見えぬ のですが、私の不勉強か見当違いなのでしょうか。

 (-”−;)うぅぅむ…





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