【散文気分】 - 2011/09/01 Thu -


いまから遡るコトもう12年前の出来事となってしまいました。
初夏と梅雨の合い間の時季ではなかったかと記憶しております。 その日は休日でも休前日でもなく 翌日は普通に勤務といった晩でありました。 当時は会社の新人教育などを担当しておりまして、 新人たちも そろそろ入社から2か月が経過しようといった感じで会社にも慣れてきた感が出てきた頃で あったのではないかと振り返ります。

そんなある日、新人たちの有志…とはいってもあるクラスのほぼ全員で催す飲み会に 講師である中でも 我々数名がオフレコで招かれました。 ぶっちゃけてしまえば彼らにだって選り好みはアルのですよね。  まだ残業のナイ彼らの飲み会ですから定時直後の早い時間帯に始まったのであり、私自身は2次会など といったコトなどはもちろん考えられずに 適当に中座するタイミングを伺いつつ飲むのでありました。  まだ翌日もアルのですし。

しかし その晩にも飲んでおりました。 うつの薬。 まだお酒のコトで先生から注意を受ける前のタイミング であったのかもしれません。 それに当時(離婚前)はまだ勤務後にヒトリでフラフラと飲み歩く習慣などは ほっとんど皆無でありましたから 帰りに自分用にビールのロング缶を1本買って帰って 用意された食事を とりながら家族で談話しつつ晩酌する程度であったのです。 まだ酔いとは ≒ 無関係な日々でありました。  あの頃の生活には もはや二度と戻れませんが 戻る必要なども、また ありません。

もはや想像でしかナイのですが その晩の宴から失脚したのは恐らく10時前…いえ、9時前後だったのでは ナイかと思います。 逆算するとそうなるのですね。 ですから比較的 当時の私の思惑通りに飲み会を 辞したのだと思っております。 それにその時の情景は今でも覚えております。 元気の良い新人のヒトリ からは盛んに引き留めに遭いましたから、おおよそ酔い潰れたりなどといった境地には無かったハズなのです。

当時は田園都市線の梶が谷駅から市ヶ谷まで通っておりました。 その経路は田園都市線から直通で(当時の) 営団地下鉄・半蔵門線の永田町にて 同じく有楽町線に乗り換え、二駅で市ヶ谷へと通っておりました。  帰りは当然その逆ですから 麹町を過ぎて永田町で乗り換えるのですね。 そしてその晩は そのたった 二駅の間に爆睡してしまったのでした。 いえ、あくまでも後から自分なりに検証した結果に過ぎないの ですが、まず間違えありませんでしょう。

意識が戻ったのは々電車内でありました。 ただし その場所に少々の… いえ、大いなる問題がありました。  そのキッカケは車掌さんや運転手さんではありませんでした。 乗っていた電車の終着駅ではナイにも 関わらず 停車中に機転を利かせた その駅の職員さんなのでした。 『 もしもしー、だいぶお疲れの ようですが 大丈夫ですかー?』 と。 そして目が覚めてから ココはドコなのかを尋ねましたら夢のような … まぁ直前まで夢見ていたのも確かではありますが、その返答を聞きました。  『 森林公園 ですよー 』。

 え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 っとぉ、 ココはドコ? 私はだぁ〜れ???

しかし とりあえずは まず乗ってきた電車を降りまして、もちろん足腰はしゃんとしておりました。  そしてその駅員さんに尋ねたら東上線の埼玉県中部まで行ってしまっておりました。 戻りの電車は 既にナイとのコトでした。 そして持っていたハズのカバンは電車を降りる時点でドコにも見当たりませんでした。  どこかに置き忘れたのか置き引きに遭ったのかは判りません。

推察するに 私が爆睡しながら旅(?)してしまった経路は次の通りです。
まずは営団地下鉄・有楽町線に市ヶ谷から乗車して即・爆睡し、終点の ”新木場” に着きます。  電車はそのまま折り返し運転で行先を ”小川町” に換え、元来た有楽町線を経由してから東武・東上線 へと乗り入れ、あとは終点 ”小川町” を目指してトットコと走り続けたワケでなのすね。

そして駅員さんにお礼を言って清算してからは 駅前ロータリーに面した背もたれの無いベンチに大の字 になって眠りました。 翌朝は寒くもなく快適であり、不思議と始発電車に合わせて目覚めましたので そのまま自宅を目指して、まだ通勤ラッシュ前の経路を座って帰りました。 もちろん帰宅してからは 妻に事情を説明しつつ バタバタと身支度やらシャワーやらをしまして いつもよりも大変でした。 なにせ 普通に出勤なのですから。 そして会社に着いてからネットで問い合わせ先を調べて 電話で遺失物届を 出しました。 失くしたカバンのですね。


実は まだ後日談があったりしますので 今日のところはコレにて失礼をば…








with received mail from my mail friend -September.2004-



え〜っと、 もう7年も前のコトなので そろそろ時効かと思い 勇気を出して掲載しますた。
古い携帯の小さな画像を無理ヤリ引き延ばしたので不鮮明ではありますが 内容も薄いのでコレで充分 なのではないかと思います。 たしか ”沖縄ってドコ?” 談義をメールにて講じていたのだと記憶して おります。 相手はコチラでも何度か登場しましたミライちゃん(仮名)ですね。 もう8年近い間柄 ですから 当時彼女はまだ23か24歳になったばかりの頃でしょう。 彼女は↑の主張をわざわざ仕事中に コピー用紙に描いて激写してメールにくっ付けて送りつけてくる始末であり、ほとほとに困りました。

仕方がないのでPCを立ち上げて適当な地図サイトを検索して白地図を見つけては 必要最低事項を記入して から色違いでマーキングして、メールに添付して送り返したのが↓の画像でありました。 そして肝心の 沖縄入りの地図は縮尺をもっと高くしなければ入りませんから別途画像を用意したハズなのですが 残念 ながら保存データの中には見つかりませんでした。

私への宛名が ”オン様” と記入されているのは当時の韓流ブームを象徴していて懐かしいですね。  『オン様って言うなー!』と怒りましたが。 いつもはオンって呼び捨てですから きっと気持ち悪かった のでしょう。 ちなみにヨン様のドラマは依然として見ておりませんが 恐らくは未来永劫に見る機会は 訪れないのではないかと推測します。







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