【散文気分】 - 2011/08/25 Thu -


筆走りな状況が続いてはおりますが その分(?)内容が希薄でもありますか。 思いついた全てを書き記して しまっては 読んで情景などを思い描いたり 関連する別の事柄を振り返ってみたりといった作業の邪魔に なってしまうコトでしょう。

かように解釈とは全てが読者に委ねられているのであって 筆者が操作できる類のモノではないハズです。  筆者は自らの思いを出来るだけ正確(細密)に書き記したいのではありますが、そこは前述の都合と 『解らないヒトにまで解ってもらおうとまでは思わない』 といった割り切りを敷くのでしょうか。  その結果 見た目には ”省力化・合理化” された文章として産出されてくるのかもしれませんし、 読み手もそれに慣らされているのが現実なのではないのでしょうか。

文章を書くコトがこれほど体力を消耗する作業だとは コチラのサイトを立ち上げるまで判っては おりませんでした。 その時々の題材について書くにあたって うまく書きたい文句が出てこない… と いった ”難産” で疲れるコトは これまでにあまり無かったように記憶しております。 むしろ冒頭でも 申し上げましたとおり 思いついた全てを書き込もうとしてみたり、読んでワカラナイといった感想を 聞かずに済むようにせねばならない… といった心境であるとか、一度終わりまで書き上げてから全てを 読み返して 気になったり不十分な感じを受けた箇所に 別の表現を当てはめてみたり 補足してみたり 割愛してみたりと ぐだぐだな時間が経過してゆき、やがて疲れて 『もういいや。』 となったら完成 なのです。

乱暴に一発でアップロードするコトなどもありますが 後から読み返す度に結局は ちょこちょこと修正 するハメに陥ります。 極端な場合には丸々 再編集して別の日付でアップロードなどといった作業も 先日体験したばかりでありました。 あれはホントに消耗しました。

ある作家さんの手記にもありました。 文章(小説)を書くのはとても体力の要る作業だから規則正しい 生活習慣と健康管理、それに体力トレーニングを欠かさない… といった内容であったかと思います。  実際にフルマラソンやトライアスロンにも参加されている方の弁です。

私の場合はもちろん小説などではありませんから 物語る必然などはナイのですが、結果として物語って いるかのような場合もあったくらいですか。 決してノンフィクションにこだわっているワケでは ありませんが(笑
そして比較的多いのが哲学的な切り口で物事を切り開いているパターンではないかと自覚しております。  ”哲学的” と記せば堅さを醸し出してしまいますが 『なんでそうなのかな?』って書けば子供でも ついて来られるんですよね。 けれども恐らくはお子さんでコチラを閲覧されている例はナイのでは ないかとの憶測から 敢えて ”哲学的” と記すのです。 それが私にとっては正確な表現であるから ですよね。

かつて玩具業界で猛威を振るったポピーという おもちゃメーカーがありました。 その源となったのが 有名な ”超合金” シリーズであります。 マジンガーZであるとか主にロボット系統が中心でありま した。 当時の子供たちの間で大人気のシリーズだったのですね。 大きさは15cm程度でしたが その 名の通り ずっしりと重たいのが特徴です。 そのメーカーではテレビCMにも力を入れておりまして、 覚えているのが 今では ”アナタの街の宣伝部長” こと愛川欽也が出演したCMであります。 その設定 は屋台で1杯引っかけているサラリーマン風の酔っ払いのボヤキであり、ワケのわからぬ ”アカガマキンニコ” などと説いてみたりといった、およそオモチャのCMとは思えない風情なのでありました。 そして最後に 訳知り顔でこう叫ぶのです。

 『 赤ちょうちん、1回 我慢すれば 金坊ニコニコ!    …勇者ライディーン。』

…と。 ちなみに金坊とは愛川欽也の息子のアダ名のようです。
このような例でも見られますように いわゆる内輪ネタとか楽屋落ち的に共感の得られる事柄も ありますが、その説明は外側から見れば決して充分とは言い難いでしょう。 かと言ってそれ自体の 包括する面白みを否定する気もありませぬ。 ではその解釈のスコープを世間に広げてみて、そのうえで 内輪ネタや楽屋落ちを披露するのが 世間受けする文章なのでしょうか。 その時代の共通観念は果たして 次世代からも共感を得られるのでしょうか。

むしろ世代を越えて共感を得たいなどと思いながら表現活動をしている方々は少ないのではないかと推測 するのですが、果たしてどうなのでしょう。 きっと考えながら活動されている方がいますよ。 えぇ。  むしろ確信犯的にそのようになってしまっている時代をも超えた巨人たちがたくさんいるように。

ところで、このサーバーって数100年後にも稼働してるのですかねぇ…








At Nishi-Gotanda -24.August.2011-



少しずつ日が短くなってゆきますね。 厳密にはそうでないコトも知ってはいるのですが、単純に計算 すれば夏至から2ヶ月が経過でありますから 逆に2ヶ月遡れば4月半ば頃と同じ夕暮れを見ていたワケです。  暗さを感じるのも もっともなのではないかと思いますた。 そしてさらに ひと月後には秋分を迎えて 昼と夜の長さがイーブンとなるのですねぇ。 はっえぇぇぇぇ…(汗

 (-”−;)うぅぅむ…

ホントのホントに本文に根ざした ”あとがき” を 書き記すべきなのでしょうが、今回のように あとがき から書き始めちまっては それも不可能なコトであり、結局 こんなんなりますた。ヘイ。





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