【散文気分】 - 2011/05/14 Sat -


え〜っと、 『 ソルフェージュ 』 の時間が大嫌いなのでありました。

子供の頃、小学3年から中学1年までの間にピアノを習っておったのであります。 キッカケは『ドカベン』の ”殿馬”に影響されて… といった感じでしょうか。 当時 5歳下の妹にピアノを習わせようとしていた母親 が 私にも『どうか?』と訊いたコトから、ならば習ってみよう…といった気持ちになったのだと記憶して おります。ハイ。

小5の終わりから小6の初めとなる春休みに 一家は引越ししておりますゆえ、ピアノに通う教室も2箇所ほど 経験しました。 最初は某○マハ音楽教室を個人邸宅にて先生をお呼びするするといった風情のトコ。  次は完全に個人教室でありました。

最初の教室では、ともに同じ少年野球部に所属していた1つ年上の子と 偶然にも曜日と時間帯も一緒であり、 クリスマスの催しの時には その時の先生から、『バッテリーで連弾なんて素敵ねぇ!』などと囃されながら 二人して女の子だらけの教室内で”ジングルベル”などを、大汗かきながら演奏しておった ニガぃ思い出 などもありまする。

次の教室のハタノ先生は 結果的には妹が身を立てる上での恩師となり、妹はその後に音大まで出て 某○ワイ 音楽教室のピアノ教師として進んでゆきましたが、私の方は本業(笑)の野球に専念したいとの理由から 中2手前 でヤメてしまいました。



   ♪ママは此処の女王様ぁ〜、 生き写しの様なあたしぃ〜、

      誰しもが 手を伸べて 子供ながらに魅せられた 『 閑話休題 』〜♪


実は今の今まで ”閑話休題” と聴いておりました。 『歓楽街』 だったのですね。 このオドロキ、おわかりに なりますでしょうか? まさしく ”閑話休題” として利用させてもらおうかとの目論みから歌詞検索してみた ならば判ってしまった事実なのであります。 その歌詞の合間々に 『閑話休題』 を連呼する 『 歌舞伎町の女王 』 が好きだったのでありますが、 まぁ仕方ナイですよねぇ…   ホント歓楽街なんで。

要するに私が挿し込みたかったのは ”閑話休題” な だけなのでありますが、 大丈夫ですか? 付いて来られて ますかねぇ?(汗


では、繰り返しますが、 『 ソルフェージュ 』 の時間が大嫌いなのでありました。

コレは2番目の教室から新たに設けられた課題でありました。 その深い”狙い”やら”効果”などを存知上げ てはおりませぬが、当時の自分なりに音感やリズム感には不足を感じておりませんでしたので、それらを求め られて(?)の『ソルフェージュ』に立ち向かうのが 苦痛でなりませんでしたょ。 えぇ。

ハタノ先生に伴奏して貰って その横で音符に合わせて手を叩きながら歌うのですね。 少し早めに来た 私の次 のワクでレッスンする生徒さん達の真ん前で。 ボーズ頭の中1小僧が。 ハタノ先生から 『あらぁ〜、練習 して来なかったでしょ?』 とか問い詰められながら。 ちゃんとして来ましたょ。 声を上げてパンパン手を 叩きながら歌うコト以外は。 ってか、アイツらいつも早く来過ぎ!って 言ってやって下さいょ。 ホントに もぅ… とか思いながら。



もしも妹の半分… いや、1/3くらいでも一生懸命に続けていたならば、果たしてどんなであっただろうか?  などと、妄想を膨らませる役には 充分に立ちましたが。 あぁ、それだけでもナイか。 中学3年間の音楽の テストは何不自由なくいつも高得点でしたから。 けれど高校の選択教科は迷わずに音楽を外しました。 もう ヒトの前で独り歌うのだけはゴメンでしたので。

そして それは、大学に進学してからカラオケにハマるとは まだ予想も出来なかった頃のお話なのでした。








At B2-Warehouse-TOC-Gotanda -10.May.2011-



機種変更した携帯カメラにて”試し撮り”した一枚であります。 よりによって職場の中なのですが、まさしく ツマラン画像でありますねぇ。 けれども 驚いたのはレンズの明るさでしょうか。 肉眼の(少なくとも私の) 見た目では、この画像よりも遥かに薄暗い倉庫内なのでありますょ。 初めて立ち入った方々などは 単独で 一番奥のスペースまで行くのは 少々はばかられるのではないかと 思うくらいなのであります。

大きさをイメージして戴くならば、手前の広いスペースに重ねて放置してある小さなダンボール2箱の辺りから 最深部までの距離が、大体ピッチャー・マウンドからホーム・ベースくらいなのではないかと思いまする。  実際に そのスペースで投球練習などはした試しがありませぬゆえ、妥当かどうかは判りかねます。 …が、 たまたまグラブとミットとボールと(今は無き)同僚などが ひと揃いしておったならば 間違いなく試して おったのではないかと、休憩時間帯の”日課”にしておったのではないかと、そのように思う次第なのであり ますょ。

手前の広いスペースには、日々の発送業務に関わる商品を 発送先ごとに並べたりします。 大掛かりな入庫 ごとなどがあれば たちまちふさがってしまう程度のスペースなのですが、ココは空けておきたいといった ”脅迫感”にも駆られる 重要なスペースなのでもあります。

今では奥の見通しが利いてますが、半年ぐらい前までは大きなダンボールの山でありました。 現・ブランドの 収束から次期ブランドへの変遷期として、これまでにない風景ではありますねぇ。





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