【散文気分】 - 2011/04/11 Mon -


信頼関係の”蚊帳の外”に居る者を動かす(コントロールする)には、一体どのようにすればスムーズに ゆくのでしょうか。 もちろん、そこには そうするだけの ”必然” といったモノが存在する場合を 想定してのコトであります。

まず言えるであろうコトの一つに、動かそうと(コントロールしようと)する側が果たして信頼されて いるのだろうか… について言うならば、恐らくはまた 同じように信頼などされていないのでは ないのでしょうか。 形勢として多勢に無勢な立場にあったとしても、信頼出来ぬ者(または集団)に 対しては、相手が攻め込んでくれば防御本能が働くのは当然なのでしょうとも。

冒頭の疑問に戻りますが、では どのように動かす(コントロールする)コトが良いのでしょう。 または そうするコト事態が 適切な行いなのでしょうか。

両者の間には残念ながらあるアクションを起こす上での ”前提” となる物事について、多かれ少なかれ 相違がアルのかもしれませんね。 すくなくとも どちらかの立場の者が ”だってそういうモンでしょ?” といった具合に片付けられるのであれば、物事はもっとスムーズに運ぶハズなのであり、そういった集団 形勢に尽力を投入してきたに違いないのでしょう。   …が、しかし。 なのですね(笑

そうなのです。 結果としての現在状況が ”…が、しかし” といったトコロでの疑問をお話ししている ワケなのですょ。  まず、ココまではよろしかったでしょうか?



つづく…








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※ 不肖、私めの結婚当初の思い出の地でもある 石巻付近を Google Map にて散策しておりました
 ならば、なんと Google Earth が震災後の画像に更新されておるコトに気付きました。

 ↑の場所は石巻駅にほど近い南東部にある旧・北上川の河口付近にある大きな中洲町、”中瀬”の
 北側上部辺りであります。 橋のかかる中洲の入り口には当時は古い映画館などもありましたが、
 震災前に閉館してしまったのか 流されてしまったのかは存じ上げませぬ。

 白い卵型の大きな建物は ”石ノ森曼画館” ですね。 建物こそ残ってはおりますが やはり被害の方
 は大きく、現在は閉館中とのコトでした。

 画像で左側の岸部には打ち上げられたままの漁船が数艘見えまする。 Map画面をスクロールさせ
 て駅前方面へと向かうと、かなり市街地商店街の方まで津波の痕跡が見られました。 また、この
 画像では切れて写っておりませぬが、中瀬の南側突端から中心部付近には 建物らしきモノは一切
 残ってはおらぬかのように見受けられました。


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 ↑は石巻から電車で3〜40分のところにあるJR石巻線の終点・女川駅であります。 ココから女川港・
 女川埠頭までは 徒歩数分の近さにあります。 駅舎以外の線路はもちろん駅ホームの上物まで何も
 残ってはおりませぬ。 女川埠頭から金華山行きのフェリーに乗り換えた、やはり思い出の地なので
 ありますが、いやはや、この画像には言葉を失いました…

 このサイトでも これまで何度かに渡って触れてまいりましたが、コチラは原発からは少し離れている
 とはいえ、これらの被災地がこれから先どのように復興を遂げてゆくのかが大変気掛かりなのです。

 (-”−;)うぅぅむ…









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