【散文気分】 - 2011/03/05 Sat -


ちょいと お久し振りでした。
思わずもがな、滝廉太郎の”春”をハミングしてしまう陽気の昼下がりであります。

   ♪は〜るの〜、 うらぁらぁの〜、 すぅみぃだ〜 が〜わ〜

     ♪の〜ぼり〜、 くだぁりぃの〜、 ふ〜なび〜と〜が〜



…また歌の話題かょ。 などと言わないで、少々我慢してくださいませんか?(汗
あ、ちなみに『うらぁらぁの〜』 と、『くだぁりぃの〜』の部分は音符が違うので 歌う時には注意が必要なのであります。ヘイ。
私の中学の音楽教諭からは『うらぁらぁの〜』の部分を、『うら〜ら〜の〜』と歌うと 『だらしなく下げてはいけない!』といった、注意を促されました。 子供心にも、確かに その方(前の)がキレイだなぁ… などと思った記憶があります。

まぁそのようなワケでして、その昔の”水運”を連想しながら 自宅の庭先で”角・ハイボール /タンブラーに氷大盛り”をヤっておったのであります。 夕方からは先日
”忘れ物”として扱われたラフロイグに その座を明け渡すコトになりましょうとも…

行きは良い良い、帰りは… のお話の、恐らくは”究極”の部分を担う職業であったのでは ないかと。 昔の、エンジンやモーターの無かった時代の水運ですね。
山里からの物資を下流や港湾まで運び、帰りは帰りで平野部や海の物資を満載して、帆走出来る 区域は良いけれど、中流部以上には舟を岸から手綱で引いたり、浅瀬を後押ししたりの連続と なるのですょ。

先の滝廉太郎の”春”は 正に隅田川界隈ならではの風物だったのであり、今の荒川”長瀞” 辺りまでに戻るには。きっと大変なご苦労があったのではナイかと、そのように想像した のでありました。

そう。 今日の話題は”登りと下り”だったのでした(笑

先に”登りの辛さとご苦労”を綴りましたが 今の私と対照的に、その登り具合を連想して おりました。 登り調子なら良いではないかと。 そして、『あぁ、そうか。 自分たちの 暮らす元へと物資(含・土産)を運ぶ、それこそが辛い登りを乗り切るための後押しとなったに 違いナイのだなぁ…』などと思いを馳せました。

実は下りは下りで、途中には夏の終わりから秋の増水あとで、渇水期の冬場などでは浅瀬で川の 層が変わってしまって舟の底がつかえてしまうような難所だってありましたでしょうとも。

そのような”下り”の境地であったのだとしても 急場を凌いで先を目指せる元気とは、果たして 何であったのか… と言えば、すなわち山里の物資を受け入れて付き合ってくれている、今で言う ところの”取引先”との信頼関係でありますよねぇ、きっと。

すなわち、登りだって下りだって、アリなのですょ。
そのような自分を受け入れて… と言うよりも、そのような自分と どのように向き合って、総合 やら相殺(笑)して元気に生きてゆくかが 目下のテーマなのであり、退屈しているヒマがありませぬ。

でもね、元気ナイ時って アタマん中が退屈なんですよぉ…?
せっかく開いた庭先の花にすら気付けないんすから。
要するにコレは、感覚的な退屈なのですね。

春よ、来い。








                  At North Fujisawa -26.Jan.2011-

               

※ 来てますよねぇ、ちゃんと(笑

 春とは全く関係ナイのだけれど、↑の画像は”夏の残像”であります。 判りますかぁ?
 彼の”宿主”は1週間そこらで繁殖してか他界してしまったのでしょうけれども、このように今でも
 ”抜け殻”として 桜の幹にへばり付いております。


           

 横浜へと寄港したコノ豪華客船には、私めが梱包して送り届けた社の商品が、優雅なお客様の お手
 元へと向かわぬばかりに待機しております。 元同僚の青年が送り届けてくれた画像を”無断”にて
 掲載しまった手前、そのうち酒でも振舞わねばなりませぬ。


                  At my home garden -5.Mar.2011-

               

 昨年に引き続き、庭先の沈丁花の早咲きは”赤組”勝利でありました。 ちなみに”白組”は まだ
 こんな↓感じであります… うしろの方で若干ひとつ ふたつ開いておりますが。 でも蕾の数では
 ”白組”が優勢な模様なのであります。 ”赤組”の根元にある庭石が何らかの影響を与えている
 のではナイかと、ついつい いらぬ心配をしてしまいますょ…

               


               

 お隣の”ブルーベリー”を写そうとしたタイミングで、翼下に日の丸を呈した”YS-11”が上空を飛んで
 行ったのですが、残念ながらシャッターが切れる前の僅かな差で通過して行ってしまいました。

 …と思ったら、ちゃんと写ってました(笑) 日の丸は全然判らないけれど…

 ちなみに、かつて仙川・若葉町には”YS-11”の部品を提供していた工房があったのをご存知で
 しょうか? 成城にソチラのご主人の、ご立派な邸宅があったコトなども何故か知っております。ヘイ。


               

 親父様が丹精込めて育て上げた”アマリリス”っすね。 立派に咲きました。

  



 その親父様と自宅のインコたちからの施しを受けている、スズメさん達の”祭り”↓であります。

               


 都会ではスズメの生息数が減って来ているといった観察報告がアルようですが、私の知る限りでは
 ”居るところには普通に居る”といった感じでしょうか(汗
 勤務先のTOC屋上などは秋の終わり、冬の初めの小春日和にオニギリやパンをほおばろうものなら
 ば、周囲をたちまちスズメさん達に取り囲まれて、『ねぇ、まだぁ?』とか、『おぅ、さっさと寄越せや、
 こんちくしょう!』などといった ささやきやら暴言やらが、間違い無く聞こえて来まする。ヘイ。
 そして ちぎって指先でピンッ!と飛ばしてヤった米つぶやパンに向かって アルフレッド・ヒッチコックな
 世界を連想させるかのような展開を呈してくれる、そんな彼らなのでした… 野生は たくましいな(汗









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