【散文気分】 - 2010/03/07 Sun -


雨の週末にて。

育てるコトも、そして 育てられる(た)コトも、おおむね好ましい物事として 私の印象の中には あります。



   『アナタのためだから。』

…と言い放たれて ドサッ!とデスクの上に書類の山を置いていかれたり、 ランチバイキングのデザートケーキを横取りされたりするのは、ニュアンス的に ちょっと 違うのですが、あのCMのおかしさは多分その辺にあるのでしょうか。

前段の表明は ”アナタ”と言った、個人の特定ナシに そう思うのでありますょ。
私の場合にニュアンスの違いを感じた筆頭は、まさに そこにありましたワケなのです。



   ”なんでこのヒトは私に対して目を掛けてくれるのだろう?”

…と言った、疑問と言うか 命題のようなモノが 私の中に湧き起こった時に、色々と表面的な物事から考えては 思いを馳せてみたりするのですが、そうするうちに 邪魔なモノが見つかったりします。 えぇ、 『私』の部分なのでありますょ。 私に対して… などとは、誰も意思表明しては いなかったのですよね。



   ”コイツならば教えてもいいかなぁ。
    ちょっとキビシい目を見せなけりゃあならないのだけれど、
    なんだか そうしてみたい、いや、
    もはや そうせずには おれんのだなぁ…”

…え〜っと、ちょっと格好が良過ぎる言い回しとなってしまいましたが、そう決めて掛かって取り組み 始めた過程の中では、教える立場の者として、恐らくは 外に出したくないようなコトなども表現しながら、 それは言いたくなかったのだけれども、仕方がナイのだ… と言った葛藤に悩まされながら、突き進んで ゆくコトもアルのでしょうとも。

では、”コイツ”などと少し乱暴な扱いをしてしまいましたが、その”コイツ”であるコトが その教えを展開してゆく上での必然なのでしょうか。



若輩モノながら、私が稚拙ながらも生きてきた40数年の経験と感覚を経て、近頃 富に思うコトなの ですが、いまの、立場上の孤独は決して寂しいものではナイのだなぁと。 捉えるに、むしろ意識の 中では 忙しくしてたりスルのでありますょ。

ヒトの築き上げてきた社会の中でしか生きられない、ほぉ〜んの ちっぽけな存在である自分が、実は ”私”を離れても存在できる可能性というモノを感じてきており、それは これまでに追求してきた であろう 幸せのカタチとは、少々 違うモノなのかもしれません。 と言うか、それがトシをとる 感覚なのかも… ですよねぇ?(笑



決して心地の悪いモノではありませぬゆえ、ちょいと書き連ねてみますた。 ヘイ。








                    At 6.Mar.'10 in North Fujisawa

                




※ 庭のプランターに咲く”クリスマスローズ”であります。
 コチラも”紅白”で早咲きを競い合っておったのかどうかまでは、残念ながら見逃しました(笑

 昨夜は去年の7月以来で 娘と会ってまいりますた。
 私なりに身構えて望んだ心配をよそに、とても良い夜でありました。

 まだまだ先のある人生ではあるのだけれど、よくぞココまで育ってくれたコトであるなぁ… と、
 他力本願な感想を述べるのが 精一杯なのであります。









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