【散文気分】 - 2009/07/25 Sat -


"こころ"のお話。   …なのかな?(汗

お〜、 その前に思い出した。
今から10数年前に『それいけ!!ココロジー』 というテレビ番組があったのですよ、土曜の夜10時から。 主な出演者は 司会の所さん、山口美江、 美輪明宏 などなど。 そして毎回ゲストを迎えておりましたな。 番組の最後のコーナーは 分厚い "夢判断"の本を抱えた所さんが ゲストの見た夢について分析する…といった、短いしめくくりで終わる 慣わしでしたねぇ。 けれど最終回で所さんが、『いままで散々エラそうなコト言ってきたけど、 実はこんな本はナイんですよ!』などとのたまうので、ズッコケさせられちまいますた。ヘイ。   …欲しかったのになぁ、アレ(笑


さてさて、
こころのお話とは言いましたが、文章表現について思うコトが私の中にいくつか 散らばっておりましたので、少し露呈させてみよぉかと思った次第なのでありますょ。
そうです、いつもの"自分探し"っすね。


 『イ○さんの文章はねぇ…、 ムズカシイよ(汗』


え〜っと、コレは いわゆる"ビジネス文書"を書いた時に指摘されました。 当時の同僚(4つ↑)から 戴いたお言葉であります。 まだ社内メールも普及しておらず、業務の様々なヤリ取りや告知 などは すべてワープロでタイプされた書面にて とり行われてましたな。 月例会議の案内告知 など、定期定例の文書などは、それぞれ担当する者が"ひな型"的な過去文書をキープしており、 情報やデータとしての共有ですら まだ満足には運用されておりませんでした。 そして そのような "ひな型"から起こした始めた文書ですら、直属上司のGo!サインと部長のハンコを貰うまでの、 なっがい道のりを 地道にてくてくと歩まねばならないのでした。


 『○トピーの文はねぇ… ん〜〜〜、大学生の書くモンはワカランばいっ!(汗』


ん〜と、コレは学生時分のバイト先にあった『らくがき帳』に 何かを書いたのですね。 それを読んだ 友人(2つ↑・フリーター)から戴いたお言葉であります。 休憩時間や出番直前などに、バイト仲間 たちが自由に書き込むノートなのです。 遅番の面々などは閉店業務が終わった後に最上階のフロアで 喉を潤しながら、そのノートを回して読み書きし合っては ワイワイと騒いでおったのですよ。 もちろん 文章ばかりではなく イラストや写真の貼り付けなどもあって、なかなか楽しいノートだったのですが、 中には"一石投じ"ちゃうヒトなどもいて、職場に波風立つ日々もあったのだよなぁ…と記憶しております。
…ん? オレか? オレだったのかな?     カナ カナ カナカナカナ…(汗


私は上記2例の感想を10年近い間隔で ぶっつけられましたが、共通するのは既にご想像のとおり、そう、 "硬い・難解・意味不明" などといったトコでしょうか。
イヤな文章だなぁ…  読みたくねぇ〜(笑

まぁ気を取り直して考察へと参りましょうか。 まず第一に言えるであろうコトは、





          『相手(読み手)のコトなど考えとらん』





あ〜致命的っすね。 一発退場モンでしょ、コレぇ。 さらに言えるであろうコトは、





          『自分(書き手)のコトしか考えとらん』





………うぅぅむ、問題ですなぁ。 なんって勝手なヤツなんだ。 こんなのと一緒に仕事したナイわ。  もぉ友だちの縁も(心の中で)切っとこ。 あ〜スッキリ♪





とまぁ、何とかスッキリ結論が出ましたね。 さぁココからがポイントなのでありますが、先日も少し 触れましたように、ココでの文章なども ほぼ自分のタメに書いているだけなのですょ。 これまでに 書き連ねてきたモノを何度も何度も、時には半年くらい時間を経過させて、また何度も何度も読み返して は振り返る。 あたかも 忘れてしまったり ボヤけてしまった感覚を 取り戻そうとするかのように。 何故 そのような文章を自分のタメに書き続けるのか? そのこころとは一体…

多分、大事に思うからなのだと。 自分の経験と記憶は何物にも変えがたい宝
(※決して"お宝"などではナイ)なのだと、心のどこかでずっと思って来たんじゃないのかなぁ…って、 いま感じております。

ね? なんとなく"こころ"のお話っぽかったでしょう。 スッキリでけますたか?(汗








              


※ え〜っと そのぉ、"ヒグラシ" というよりは "その日暮らし" な毎日なのですょ。 ええ。









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