【散文気分】 - 2009/07/20 Mon -


本当は夜中にこのようなコトは あまり考え込まない方が良いのかもしれません。
いつも正しいコトをし続ける自信などはありませんが、出来るだけ誤った方向へは進まぬように したいものだと、そんな思いは持っております。

人と人との関係性に於いて、心のエネルギーとは 高いところから低いところへと流れてゆくモノ なのでしょうか。 それとも、熱いところから冷たいところへと伝わってゆくモノなのでしょうか。
この人と一緒にいると元気になる… などと言われて気分を害する人は、果たして存在するのでしょうか。  あの人は他人の元気を奪うかのようだ… と、陰口をたたかれている人は、本当に他人の元気を自分の モノとして取り込む術などを持ち合わせているのでしょうか。 ある人の元気が損なわれてしまった だけなのコトなのでは ないのでしょうか。

そして、仮にそれらの"法則性"のようなモノが一般に認知されているのだとして、強弱や大小といった それぞれのコンディションの違いを踏まえ合ったうえで、その相手を気遣い続けるコトは可能なのでしょうか。

例えば、 『キミらの どちらの立場も、その思いについても解るんだけどね。』 といった 立場の人をもう一人設定してみましょうか。 そう、そこには3人います。
Aの立場と主張を持った人と、Bの人に、AとBに理解か経験のある 現時点ではどちらでも ない Cの人。 けれども、それぞれが それぞれに、そうである事情と理由を持ち合わせて いるのですよね、きっと。

そしてAについて真摯に考えてみようとするBの人であったり、Bについて考えるワケには どうしても いかないAの人であったり、本当はAなのだけれども 2人の前でそのように明確な表明をするワケには いかないCの人であったりすると、一体ドコに救いの道があるのでしょうね。

私ならどの立場であったとしてどうするのか、ある指標というか そういった時に"ハナが利く"のは、 その人・物事との関わり合いが 自分から元気を奪う性質のモノであるのかどうか… といったコトが 結構重要なのだと感じています。 そして もしも私自身が他人の元気を奪っている(そんな機能は持って いないので、一方的に損なわせてしまったのだとご解釈ください)コトに ひとたび気付いたならば、 今度はそこから自分自身を損ない始めるのかもしれませんね。 少なくとも一時的にはです。



長年連れ添っていた相手に対して、いままで漠然として感じていた"違和感"のようなモノが、実は私に とっては そのように元気を損なわせるような種類のモノだったのだなぁ…と、今ならば自分の方からは あまり 近付かないように注意を払う種類の存在であったのだなぁ…と、今さらながらに突如として判り、少々混乱して いるのだと思います。

そして相手にとっても、きっと私自身が 正にそのような存在であったのでしょう。

そして、やはりそれは 少し悲しいものなのですね。








            


※ えっ〜と、いつまでも悲しんでばかりはいられないので、とっとと乗り越えちゃいました(笑
 だって元気に生きてゆかないと… ねぇ?









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