【散文気分】 - 2008/12/23 Tue -


想いの表現と継承(?)について。

私も貧乏学生時分には数々のアルバイトを経験しておりました。
立川駅前の洋風居酒屋では、オープニングスタッフとして約半年間 働いておりましたが、 まじめに一生懸命頑張っている褒美(笑)として、店長とバーテンさんに その日の勤務も終わった 深夜、国分寺にあった”外国人パブ”に連れて行って貰いました。 それぞれの座席の間に女性が ついて、お酒飲みながら朝までカラオケといったパターンですね、ヘイ。

そして その時に店長の ボトルでご馳走になっておったお酒は”ブランデー”の水割りなのでした。 子供の頃にテレビのCMで 流れていた、『ブランデー、水で割ったら”アメリカン”』 といったフレーズをいまだに記憶して おりますが、いまだにその表現意図は不明なままであります。 なぜならば、コーヒースタンドで アルバイトしていた頃に、”アメリカン”コーヒーについて説明を受けましたが、それは”ブレンド” に湯を足して飲みやすくしたモノではなく、やや浅い焙煎の豆を挽いて入れたモノが”アメリカン” なのだと聴いたからなのでした。 ちなみに、そのお店ではある別のプリンシプルから、ブレンドに 湯を足したモノを”アメリカン”としてサーブしておりました。 物事には様々な事情や理由がアルのですね(笑

そして、私はその夜に戴いた、初めて体験する”ブランデー”の味を まったく覚えていないのでした。  カラオケと外国のお姉さん方に翻弄されまくりで、それどころではなかったのかな? 帰り際には ほっぺにチュウとかされてたしぃ…


さてさて、年月はそのようなコトなどにはお構い無しに 激しく流れまくり、休前日に冷たい雨の降る昨夜、 馴染みのお店で”ヒトリ酒”しておったのです。 カウンター端っこの席、目の前の棚には いつも様々な 洋酒が並んでおります。 コチラのお店で覚えたお酒もたくさんあります。 その中でも、少し前から突然 気になり始めていたお酒がありまして、私の記憶違いでなければ”移転リニューアル・オープン”以来、 そのボトルは開栓されておらぬのです。 ある夜にそのラベルの表記をメモして、帰宅後にネットで ”グーグル大先生”に訊いてみたのですょ。
”レイモン・ラニョー(RAYMOND RAGNAUD)” というブランデー、それもシングル・コニャックなのでした。  とても丁寧な作り手として賞賛されているのだとか。

…で、いつものとおり 昨夜も棚に並ぶお酒を眺めておりましたらば、『…あ、開栓されちょ〜バイ(汗』 と、気付いたのですね。 んんん…、やはり気になるレイモン(笑
問題なのは、どのように戴くのか。 食後酒としての印象が強いお酒ですから、もぉ少し飲んで食べて、 気分がまだ欲しておったならば、トライしてみましょ〜う♪

数時間後。
ブランデーグラスとガウンの似合う男にだけはナルまい、いえ、なれまい… と、生きて まいりました。 晩餐の後、『では、殿方は別室の方で ブランデーにシガーと参りましょうか?』 などといったお誘いにも きっと無縁でありましょうとも。ヘイ。
なに着飾るコトなど無く、発注した”レイモン”は、いつもどおりに”ザトウクジラ”の透かしが入った ショットグラスで、サービス盛りにてご提供戴いたのでありました。



さて、ココからが本日の”本題”についてなのであります。

その香りの、圧倒的でいて質素な華やかさを、一体どう表現したら良いものなのか?(汗) ヒトリ 飲みしながら、あ〜だ こ〜だと 考えておったのでありますょ。

1.
『あまりの空腹さに、思わず花壇に咲き乱れる花々などを、なりふり構わずに 思いっきり食い散ら かしてしまった…』

とか、

2.
『相方が誤って落として割ってしまった香水のビン… かろうじて一部残った僅かな量を 丁度そこに あったショットグラスに注いで放置しておいたならば、それとは知らずに、”ん!? 何コレ? まぁ とりあえず、味見 味見〜♪”』 と、グイッ!と あおってしまったかのような味わい。

ちゃうょなぁ(汗)    …あ、もっと そうそう!

3.
『もぉ10年前に死んぢまったけど、ノラが産み落としていったウチの飼い猫。 ヤツがどっかその辺を 散歩してきた帰り道ですね。 勝手に通り過ぎようと ご近所の庭先で咲く花に ハナを近づけて、”クンカ クンカ” してる様…  オイラに見られてるのも気付かずにさぁ(笑)   …うん、コレ。 コレだよなっ!』

などと慢心していると、いざマスタに 以上3点の感想を暴露してみたならば、
『ん〜、最後のが一番 解りにくいですねぇ(笑』

…ヘイ。 この表現をご理解戴くためには、もっと長い説明なり、事前に共感要素の有無などを下調べ しておくコトなどが、必要不可欠であったのだと、もぉ充分過ぎる程に感じております。


私は、効果的にツボに”ストン!”と落ちるような表現って、偶然の産物であったり、かねてからそのコトを ずぅぅぅぅぅ…っと 考え続けていて、ある日その姿を現す機会に たまたま恵まれた… とか、 戦略的・策略的な所作だったりスルのだろうなぁ… などと考えちまいます。 ただ、表現の仕方が あまりよく判らない その想いといったモノは、例えその時にうまく表現出来ずとも、きっと自分の中で継承されて ゆくに違いナイとも 感じておるのですょ。 そして、その想いを支え続けてくれるのは、その想いを持つに至った キッカケの対象そのものが、変わらぬ姿で存在し続けていてくれるコト、そして、残念ながら それが損なわれてしまった後であったとしても、恐らくそれは、既に人々の心の中を伝播媒体として、 きっと継承され続けてゆくのではないかなぁ…   少なくとも私はそう信じたいのです。









     

※ ↑どっちが好きですか?
 同じ窓ガラスを、微妙に角度を変えて撮った2枚なのです。 右側の方は後から気付いて撮り直して
 みたのですが、やはり”赤”は難しいのでした(汗
 でも、肉眼で見つけた時には、”アマゴ” の背に並ぶ朱斑点のように見えたのですょ、ホント…


 …でぇ、たった今、マスタんトコの次男誕生の報を受けました。     オメデトウございま〜す♪








←Prev→Index→Pindex→Next