【散文気分】 - 2008/04/26 Sat -

青年期の入り口付近で目の開いた友人達がいる。
彼らのコトは俗に言う『ぐれた』ヤツらとして見ていたのだと思う。
一体何が不満でそんな風にふるまうのか、まだ目の開いていない自分には 彼らの 心の在りようを想像するコトはとても難しかったのだと記憶している。

どういったワケなのか、30歳を少し過ぎた頃になって そんな彼らと再会する機会が続いた。 どういったワケなのか、みな丸くなっていた。 見た目も、会話して受ける印象も。 中学を出てすぐに、あるいは高校中退して職に就いたと聞いていたヤツらだ。 既に独り者は少数派となっており、お互いの家族の話をしだすとキリがない。 夫婦の間では もはや『枯れた』状態であり、お互いの恋愛には干渉しない…などといった取り決めを披露するモノ もいた。 そうして家庭を維持し、家族として成熟していくコトを 彼なりの信念を感じながら 話を聞いていたのも、もう10年近く前の話なのだなぁと気付いた。

年月の経過というブラックボックスをみなそれぞれに持ち合わせていて、再会して優しい気持ちで 触れ合うコトが出来たのは、何だったのかな。 他人のブラックボックスの蓋を開き見てみたいと 思う衝動を抑えつつ、満ち足りた時間をむさぼるコトの方をお互い大事にしていたような気がする。


青年期の入り口付近で味わうコトとなる、性的な衝動がありますよね。 少なくとも自分にとっては キツいものだった印象があります。 抑え込むのも、発散させるコトも。 たくさん悩んだり 迷ったり しました。 『あぁぁ、やっちまった…』などと悔やんだ記憶もたくさんあります。 ひとつ確かな(?) コトは、少なくとも社会から凶悪犯罪として取り上げられるような事態を引き起こしてはいなかった のだなぁというコトです。


事件を起こして身柄を拘束され、それまで生きてきた社会から隔離され、かのブラックボックスを形成 していく過程に対しても大きなハンディーキャップを課せられた青年を裁くコトについての報道を 毎日毎日耳にします。

対して、愛する家族を不自然な暴力で奪われた青年が、事件の真相追求と被疑者への要求を10年かけて 戦ってきました。 本来ならば家族で一緒に味わうハズであった10年という歳月を、彼は独りでそのようにして 生きてきたのですね。


自分の想像などをはるかに超えて難しいコトなのだろうとは思いますが、
どちらの青年にも、
     自分の心の声に従って幸せを感じながら、
           凛として生きていくコトが出来ますように…と、
そう思っています。

      …多分。







※ 金曜の夜に満ち足りた時間を過ごして来た翌朝、テレビでは聖火リレーのドタバタを伝え、 続いて かの高裁判決の是非についても報じていたワケなのですが、10年前の事件直後に受けた 衝撃を思うと、まさか自分が今このように考えていたとは 本当に意外でした(笑






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